居酒屋で経営知識
57.自社の強みとは
【主な登場人物】 ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪 雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 大森:みやびの常連 地元商店街の役員 近藤:みやびの常連 建設会社顧問 亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。
「へい、いらっしゃい。毎度」
「うー寒かった。やっぱりストーブのあったかさはいいですね」
カウンターとテーブル席の間に古いダルマストーブが置いてある。店に入ってきた人は、まずそのダルマストーブで手を温めてから席に着くのが習慣になってしまうのだ。
「はーい、おしぼりデース」
「暖かい。亜海ちゃんありがとう」
「ジンさん。寒さに慣れていない時期なんで、甘酒をサービスしてますよ。一杯いかがですか」
「いいですね。いただきます」
湯飲みに甘酒を入れて出してくれた。
「おいしいですね。ショウガの香りですね」
「菊正宗の酒粕に砂糖とショウガを入れて作ってみました」
甘酒は子供の頃に飲んだ記憶はあるが、甘いという言葉だけで敬遠していたかもしれない。
「落ち着きました。身体も温まったし、まずはヱビス一杯いただきます」
「はいよ。亜海。ジンさんにヱビス一丁」
「はーい。お待たせしました」
「準備してたわけだ」
「えへへ。寒いと言っても暖かく迎えれば、絶対に生ビールを飲むはずだって、マスターが言うんです」
「あ、それで、あったかいおしぼりと甘酒を出したんだ。人の行動で遊んでない?」
「滅相もない。これもサービス向上のためのマーケティングの成果ですよ」
「おっと、大将にやられた。まずは、乾杯。いただきます」
「あったかいおでん出しましょうか」
「もちろんお願いします」
「いらっしゃい。大森さんも甘酒いきますか?」
「おお。いいねえ。今日は特別寒いなあ」
常連の大森さんも寒そうに入ってきた。
「うまい。あったまるなあ。お、ジンさん、お疲れさん」
「大森さんも毎日大変そうですね」
「まあ、外に出る仕事が多いからな。でも、最近頭を使わせられて困っちまうよ。昨日もなんたらコンサルタントの若造にスウィートだか、コンバットだかの勉強をさせられちまった。俺はああいうことはジンさんに任せりゃ早いってみんなに言ってるんだがなあ」
「スウィート?コンバット?どんなコトしたんですか」
「強みだとか弱みだとか4つに分けてた。昔、ジンさんと由美が書いていた記憶はあるんだがな」
「ああ、スウォットですね。強み・弱み・機会・脅威の4つに分ける奴でしょう」
「それそれ。いきなり強みと弱みを書けって言われてもなあ。みんな、とりあえず書いたけど、果たして本当にそうなのかわからなくなったままだよ」
「そうですよね。強みと弱みは表裏の関係にあると考えた方がいいです。例えば、技術力が高いという強みを書くメーカーは結構あります。でも、技術力が高いだけでは製品やサービスが売れるとは限りませんよね。逆に、技術力に溺れて、ニーズの把握をせずに、思い込みの技術開発ばかりしているとか、新しい技術に乗り遅れたりすることもあります」
「そうなんだよ。それが言いたかったんだ。うちだって、店舗を持っていることが強みだって言ってたんだけど、店舗を持たずにやれた方がコストや在庫管理をしなくてすむから店舗が弱みになるんじゃないかって考え出すとわからなくなるんだ」
「強みというのは、自社の戦略にとっての強みと考えないとわからなくなるんです。戦略の方向が商品を手にとってマンツーマンで対応することを示しているなら、店舗があることや立地、豊富な在庫が強みになってきます。でも、目指す顧客が店舗に足を運ぶことが出来ないとか、カタログ販売の方が利便性が高い場合、店舗を持っていることが足かせになってしまうかもしれませんよね」
「そうだった、そうだった。うちの店の目指すところは、プロが近所で必要になった道具などをすぐに手渡せることと、簡単な修理は自分で出来る日曜大工ファンを増やすことだって、決めたんだった。ジンさんにもアドバイスもらったんだ。いかん、いかん。経営者がこんなところで迷ったらいかんよな」
「思い出してくれましたね。でも、それほど自社の分析というのは難しいんです。SWOT分析の重要なところは、本当に自社にとって、将来進む方向にとっての強みになるのか、本当に弱みなのかを何度も問い直すことだといってもいいと思いますよ。悩むため、つまり見直すためにやるんだって思った方がいいです」
「よっしゃ。今度の勉強会ではあの若造をギャフンと言わせてやるか」
大森さんの強みは、この素直さと自分の仕事に対する謙虚さなんだろうと思う。
(続く)
《1Point》
企業の分析や戦略策定において、必ず出てくるのがSWOT分析などのツールです。
しかし、このようなツールはあくまで整理がしやすいだけだと思った方がいいです。
ツールは解答を出してはくれません。
整理する過程で自ら現実を読み解き、自社のこれからのあるべき姿とのギャップを見つけることに繋げるためのものです。
悩んだところがポイントです。強みか弱みかわからないというのは、戦略方針が決まっていないことに原因がある可能性が高いです。
強みがこれだから、こんな戦略を考えようというのは、たぶん順序が逆です。
環境分析から戦略策定に繋げるのが王道とされていますが、実際には行ったり来たりして見直す必要があると思っています。
だからこそ、しっかりしたミッションに向けたビジョンの明確化が必要となります。
【該当図書】 この内容については、特に図書から持ってきていません。私の持論かもしれませんね。
個々人の強みについての気になる言葉の一つはこれです。
「あらゆる者が、強みによって報酬を手にする。弱みによってではない。したがって、常に最初に問うべきは、『われわれの強みは何か』である。
「乱気流時代の経営」P86(上田惇生訳 ダイヤモンド社)
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