居酒屋で経営知識

(75):経営戦略の基本

【主な登場人物】 
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長 

「へい。いらっしゃい。ジンさん、毎度。今日は遅いですね。残業ですか?」

「そうなんですよ。上半期を過ぎて、営業目標の見直しをするのに時間がかかってしまって。もう、ラストオーダーですかね」

「まだ、大丈夫ですよ」

 いつものように亜海ちゃんが生ビールを準備している。

「はーい。おまちどおさま〜」

「お、今日のお通しは、サツマイモですか。いただきまーす。あ、レモンの風味がいいですね」

「サツマイモのレモン煮です。酸味が甘さを引き立てるんですよ」

「そうですね。うまい!」

 二組いた客が帰っていった。

「亜海。今日は、ジンさんで仕舞いにしよう。提灯の電気を消してくれ」

「はーい」

「大将。もう、ラストにしましょうか」

「いえいえ。今日は、早い時間から予約客で一杯だったので、ネタもジンさん分くらいしか残ってませんから。あ、亜海もまかない作るから、ジンさんの隣に座らせてもらったらどうだ」

「え。いいんですか。やったー」

「ジンさんに聞きたいことがたくさんあるんだろ。ジンさん、亜海が、皆さんの経営話に興味があって、うずうずしてるんですよ。付き合ってやってください」

「そりゃ、大歓迎ですよ。亜海ちゃんとゆっくり話すことはなかなかないですからね」

「じゃあ、私もちょっとだけ。えへ、乾杯」

「お疲れ様」

 亜海ちゃんが、小ジョッキながら生ビールを注いで一緒に飲むことになった。

「質問って、恐いなあ。お手柔らかにね」

「教えてもらいたいことがいっぱいあったんだけど、特に、戦略とかの話が他のお客さん達からも良く聞こえてくるの。戦略ってかっこいいけど、基本的な言葉もわからないから、このあたりの用語を解説してもらいたいな」

「大きい話からスタートしたね。じゃあ、思いつくことから話してみようか。戦略的だとか、戦略的じゃないとか、良く聞くんじゃない?」

「ええ」

「まず、定義として考えると、『環境変化に適応させる』のが戦略的と言われている」

「じゃあ、あの案は戦略的だ、というのは、『あの案は環境変化に適応している』と読み替えられるという訳ね」

「そうだね。戦略って言葉を文字通り考えると、『戦(いくさ)を略す』だから、いくつもある戦の方法から、やらない方法を決めると考えることも出来る。つまりは、変化に適応できない古いやり方などをやめるのが、戦略の第一歩だということなんだ」

「戦を略すから戦略って、そのままだけど、確かに分かりやすいわ」

「経営戦略として整理すると『外部環境の変化に対応するため、組織が構造的、長期的な視点で経営方針を策定すること』という定義となるんだ。これこそが、トップマネジメントが行う最大の意思決定ということだね」

「そういえば、戦略と言えば、戦術って言う言葉もあるけど、違いは簡単に言うとどうなるのかしら」

「戦術は、戦略に基づいて行う部分的で、また局面的な方針を言うと考えればいいと思うよ。戦略がトップマネジメントの意思決定とすれば、戦術は、ミドルマネジメントの意思決定という言い方ができると思う」

「なるほど。何となくわかった気がするわ」

「それで戦略に戻るけど、経営戦略は大きく二つに分けられるんだ。一つは、『全社戦略』で、もう一つが『競争戦略』だ」

「へえー」

「そうだなあ。『全社戦略』というと、企業の使命である『ゴーイング・コンサーン』を実現化するための戦略と言えるね」

「ゴーイング・コンサーン?」

「企業というのは、大前提として倒産をせず、継続して事業を行っていく必要がある。そうでなければ、製品やサービスを安心して買ったり受けたりできないだろ。たとえば、もうすぐつぶれる企業の作った製品では、保証や補修などの心配があって買う気になれないよね。つまり、企業が発展し続け、継続して全社的に事業を継続することを目的にした戦略が全社戦略ということなんだ」

「もう一つが、競争戦略だったわね」

「そう。こちらは、基本的に各事業毎に、競争環境を分析して、ヒト・モノ・カネなどの経営資源をどう配分するかを考える、要は、競争に勝つための戦略だ」

「そうか。私たちが普通に考えると、この競争戦略だけが、戦略のように考えてしまいそうね。でも、競争するための前提としても全社戦略によって、どう継続していくのかという戦略が必要という訳ね」

「その通りだよ。あ、亜海ちゃん。大将が刺身を出してくれたけど、日本酒は飲むんだっけ?」

「もちろん。いつも、ジンさん達がおいしそうに飲んでるから、自然に手が出てしまうの」

「それじゃ、大将。亜海ちゃんにもぐい呑みをよろしく」

「はいよ。亜海も結構いける口なんで、よろしくお願いしますよ」

「じゃあ、改めて乾杯」

「かんぱーい!」

 亜海ちゃんは確かにいい飲みっぷりだ。

「おいしー」

(続く)


《1Point》

 経営戦略の基本というテーマでスタートしてみました。

 これまでの流れに乗っているのですが、全社戦略と競争戦略の両方を意識して検討している企業は少ないのではないか、と気になっています。

 また、戦略を考える場合、やらないことを決めるということですが、必ず、撤退という戦略だけは残ります。

 この点も、改めて、次の機会に取り上げますが、意識してください。