居酒屋で経営知識

(91):イノベーション

【主な登場人物】 
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長 

「へい、いらっしゃい。毎度」
「いつもありがとうございます。お気をつけて」

 鍋の季節でもあり、年始挨拶が終わって、落ち着いてきた時期でもあるからか、多くの会社員や近所の自営の人たちが縄のれんを行き交う。

「ジンさん。そろそろ鍋の準備しておきましょうか」

「そうですね。忙しそうですから、早めに準備お願いします」

「ご協力に感謝します。亜海、ガス台準備してくれ」

「はーい」

 亜海ちゃんが慣れた手つきで、ガス台を準備し、熱燗を追加した。

「ところで、亜海ちゃん。マーケティングの話だけど、それだけでは企業が継続できないということもあるんだ」

「え?でも、継続・拡大していくためにマーケティングを行うんですよね。それでも継続できないというのは、やっぱり、欲に目がくらんだりしてしまうということで、無理な投資なんかしてしまうことがあるんですか」

「まあ、それはそれで、経営判断の失敗なんだろうね。もちろん、そんなことで倒産する企業というのもあるとは思うよ。ただ、マーケティングは、現在の製品・サービス、顧客・市場、つまり、ビジネスモデルが同じ形で、拡販や改良を進めることが中心になるんだ。ところが、時代は変化するから、同じビジネスモデルでは、いつか限界がくるんだ」

「ええ、それはわかる気がするわ。今年流行したものが、あっという間に無くなってしまうことがあるものね」

「そうだね。顧客の創造という目的を追い求めるためにも、より優れて、かつ経済的な財やサービスを創造するということが求められるんだ。つまり、これまでとは違ったモノや方法で変化を起こし、もしくは変化に対応することが必要になるんだ。これをイノベーションと呼んでいるんだよ」

「あ、知ってまーす。確か、マーケティングとイノベーションの両方が必要だって前に聞いたことありました」

「さすが。現代の経営の中でも、ドラッカーはこうコメントしている。

企業の目的が顧客の創造であることから、企業には二つの基本的な機能が存在する。すなわちマーケティングとイノベーションである』(P47)

これは、俺の簡易的な解釈だけど、現在の成長はマーケティング活動であり、将来への成長はイノベーション活動によってマネジメントされると考えているんだ」

「へえー。イノベーションというのは、新製品を開発することよね。当然、どんな企業もやっていることだとは思うけど」

「いやいや、イノベーションというのは、新製品や新技術を開発することだけじゃないよ。新たな事業発掘と言えばいいのかな、たとえば、技術は特に変わるわけではないけれど、流通とか、使い方を変えることで新しい市場開拓につながることもイノベーションというんだ。例として、冷蔵庫を必要としていなかったイヌイット(昔はエスキモーと呼ばれていた人たち)に対し、食品が冷えすぎないようにするものとして冷蔵庫を売ったことが書かれている。つまり、製品の使用目的を変えただけでも、これまで無かった市場が生まれたわけだよね」

「北極の方なら確かになんでも凍ってしまうということね。冷蔵庫はそんなこともできるんだ」

「そういうことだね。だから、イノベーションというのは、技術開発部門だけが行うんじゃなくて、全社的な、つまり、どこの機能部門でもイノベーションを行うことができるし、それを考えることが日常となることがマネジメントの役割ということになるんだ」

「そうかあ。マーケティングとイノベーションを同時に行うことが企業継続のためには必要ということなのね」

「そうそう。あ、大将がこっちを見てる。鍋できたんじゃない?」

「そろそろ出してもいいかなと思って見てたんですけど、勉強会は区切りがつきましたか?」

「マスター、ごめんなさーい。また、仕事そっちのけで、ジンさんの邪魔をしちゃった」

「ま、鍋はサービスしますよ、ジンさん。亜海の教育費ですね」

「大将。そんな気を使わないでください。亜海ちゃんと話がしづらくなってしまいますよ」

(続く)


《1Point》

 ドラッカー名著集2「現代の経営(上)」上田惇生訳 ダイヤモ
ンド社を読み直しながら、進めています。
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 イノベーションについては、別の回でもなんども出てきていますが、その中で一番有名なのは、イノベーションの7つの機会として挙げられていることです。

まず第一が予期せぬことの生起である
第二がギャップの存在である
第三がニーズの存在である
第四が産業構造の変化である
第五が人口構造の変化である
第六が認識の変化、すなわちものの見方、感じ方、考え方の変化である
第七が新しい知識の出現である

イノベーションと企業家精神」(ドラッカー名著集5 P16抜粋 上田惇生訳 ダイヤモンド社)
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