上田先生ご逝去の報に接し

上田惇生先生が1月10日にご逝去されたとの連絡がドラッカー学会よりあった。

このメールを出張先で確認していたのだが、自分の中では咀嚼できていないというのが本音だ。
ガンの手術をしてから、何度かお目にかかる事はできたものの、次第にイベントへも名前だけは出るが、体調不良等で来られないことが多くなっていた。そういう意味で言えば、ある程度覚悟はできていたかもしれない。

でも、現実に訃報を受け取ると、自分のもがき苦しんでいたあの頃に、上田先生に出会っていたことの重要性を改めて感じる。私としては、運命であったと、それもあまりにも幸運だったと思うのだ。

「会社とは何か」との問いから、偶然出会ったドラッカー。もちろん、上田先生の翻訳であり、その後、ドラッカー学会の戸を叩き、偶然誘われて、学会の推進委員となってからは、ほぼ毎月上田先生を中心とするドラッカリアンの濃いメンバーと議論し、イタリア料理店でワインを酌み交わした。
あまりに、刺激的で、自分の仕事でのもがき苦しみをあっという間に昇華させることができたと記憶している。

今思えば、私が、思い込みだけ先行した新たな事業への支援をお願いした時も快く名前を使うことを許可してもらった。
会った時にお礼を言うと、ニコニコと「面白いね」と言って頂いた事が忘れられない。
そもそも企業犯罪に巻き込まれ悩んでいた私に、公共事業の入札制度(やその実態)について、「もっといいやり方があるはずで、価格だけで競争する事自体おかしい」と、答えのヒントを与えて頂いた事も昨日のように思い出す。

時間はかかるだろうが、私なりに、上田先生を通してドラッカーから教えて頂いた、そして、上田先生自ら示して頂いたことをしっかりと自分の実践に落としていかなければいけないと改めて誓う事で、上田先生への感謝としたい。

ありがとうございました。

ドラッカリアン 体育会系中小企業診断士 根本雅章より 故上田惇生先生へ

合掌



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