164.ドメインと近視眼

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「へい、いらっしゃい。あれ?ジンさん、夏休みじゃなかったですか」

「昨日帰ってきました。これ、実家からのお土産です」

「わあ、スイカだ。でも、ラグビーボールみたい」

「なんでも、最近冷蔵庫にも入れやすいんでこの形のスイカが流行っているみたいなんだって。糖度は高いから甘いよ」

「確か、マダーボールとかいう品種でしたかねえ」

「なーんだ。ラグビーボールにすればいいのに」

 ふと見るとテーブルに原島さんの会社で教えている生徒が一人座っていた。

「あれ?田中君だったよね」

「はい。ここに来ると北野先生に会えるって聞いたんです」

「毎日来ている訳じゃないんだけどね。何かあった?」

 亜海ちゃんの運んできたジョッキを持って、田中君のテーブルへ移動した。

「ええ、実は、先生に聞いた中小企業診断士の試験を受けたんです」

「そうか。受験するって言ってたね。8月第1週の土日だったよね。どうだった」

「正直言って、難しかったです。元々1回で取るのは難しいと思って、今回はまずチャレンジのつもりでした」

「自己採点はしてみた?協会に正解と配点が載ってるだろ?」

「ええ。実は・・・ギリギリで合格点だったんです。一番ダメだと思った経済学・経済政策も40点はクリアしたので、調整が無ければ通ったみたいなんです」

「それはすごい。じゃあ、まずは乾杯だね。おめでとう」

「ありがとうございます」

「それじゃ、さっそく2次試験へ向けてやってるんだね」

「ええ、そうなんです。会社も応援してくれることになって、受験指導校へも時々通っています」

「そうだね。診断士の2次試験は特殊だから、まずは、しっかりした指導校で心構えだけでも教えて貰った方がいいからね」

「でも、難しいですね。今回も模擬試験を受けてみたんですが、全く手に負えなくて、それで北野先生に話を聞こうと思ったんです」

「時間の許す限り協力するよ。でも、飲みながらはやっぱり無理じゃないかなあ」

「もちろん、私では飲みながらで頭に入るなんて思っていません。けど、北野先生は、ここで勉強したって鳶野先生が言ってたんです」

「あのバカ。すまん。雄二が余計なことを言ったんだね。ここで勉強したって言うのは、教科書で勉強したことを実際の経営者でもある大将と議論したくらいだよ」

「ははは。田中さんって言いましたか。ジンさんは、勉強したことをみんなに話して、それで覚えていったみたいですよ。うちの経営で試験は通りませんよ」

 大将が枝豆と厚揚げを持ってきた。
 
「そうだったんですか。でも、人に話すって言うのはいい練習方法かもしれないですね。理解していないと人に説明できないですから」

「そうだね。わかっているつもりでも人に伝わらないってことは、何か曖昧な点が残っているんだ。そういえば、今回の1次試験で印象に残っている問題はある?」

「実は、1次試験の正解はわかったんですが、曖昧なところも多かったので聞きたいこともあったんです。今、いいんですか」

「いいさ、いいさ。複雑なことは酔ってくるとまずいけどね」

「企業経営理論の第1問目は、ドメインの定義と再定義について不適切なものを選ぶ問題だったんです。ドメインは北野先生から何度も聞いていたんですけど、結局迷ってしまったんです」

「いきなりドメインの定義から入ったか。2次試験対策でも外せないね。それで、問題は今持ってる?」

「これです」

【企業経営理論】2011年度1次試験

第1問

ドメインは全社レベルと事業レベルに分けて考えられるが、ドメインの定義ならびに再定義に関する記述として、最も不適切なものはどれか。

ア D.エーベル(Abell)の「顧客層」「顧客機能」「技術」という3次元による事業ドメインの定義では、各次元の「広がり」と「差別化」によってドメインの再定義の選択ができる。

イ 事業ドメインは将来の事業展開をにらんだ研究開発分野のように、企業の活動の成果が外部からは見えず、潜在的な状態にとどまっている範囲も指す。

ウ 自社の製品ラインの範囲で示すような事業ドメインの物理的定義では、事業領域や範囲が狭くなってT.レビット(Levitt)のいう「近視眼的」な定義に陥ってしまうことがしばしば起こる。

エ 全社ドメインの定義によって企業の基本的な性格を確立できるが、製品やサービスで競争者と競う範囲は特定できない。

オ 単一事業を営む場合には製品ラインの広狭にかかわらず事業レベルの定義がそのまま全社レベルの定義となるが、企業環境が変化するためにドメインも一定不変ではない。

「これは、不適切というなら『エ』だね」

「そうです。でも、他の選択肢も今ひとつはっきり正しいと言えない気がして不安だったんです」

「この問題のように、言い切った選択肢で間違いだとはっきり言えるものがある時は自信を持って選べるはずだよ。それ以外の選択肢は、わざと曖昧に見えるように書いている場合が多いからね。これが、例えば、正しいものはいくつあるか、という設問だったら迷うよね。過去には、そんな出題の仕方もあったんだけどね」

「アについては、ドメインとは『誰に・何を・どのように』だと先生が教えてくれたので、たぶんそれを言っているんだろうと予想ができました」

「そうだね。その想像力は2次試験に活かせそうだな。2次試験では、間違いなくドメインを考えることが必要だから、もう一度、この選択肢を頭に整理しておいた方がいいね。ドメインとは、製品やサービスで戦う戦場を特定するということが、エが不正解だったことからはっきりするよね。これは2次で使えるからね」

「ウのレビットの近視眼というのがピンと来なかったんですが」

「うーん。レビットと言えば、マーケティング近視眼という論文を書いていて、ドメインの明確化と顧客満足の徹底を言っているね。まあ、近視眼的なマーケティングで、現在の製品やサービスに満足してしまうと企業の衰退に繋がるという警告をしているからだろうね」

「マーケティング・マイオピアですよね」

「やっぱり、合格するだけのことはあるね。よく勉強している」

(続く)

《1Point》
・レビット「マーケティング近視眼」(Marketing Myopia)

 レビットは、企業全体を顧客創造と顧客満足のための有機体であると見なさなければならないと言っており、非常にドラッカーに似ています。
 
 アメリカの鉄道会社が、自社のドメインを鉄道事業でなく、運輸事業と考えていれば、自動車や航空機に顧客を奪われることはなかったのではないか、という例も有名な事例となっています。
 
 今回の1次試験の最初にドメインという考え方とレビットの近視眼という視点が出てきたことは2次試験のヒントになるような気がします。
 
 たとえ、直接の回答になくても、ドメインの明確化と変化に対応できる顧客志向という意識が必要になると思います。