117.(3)顧客にとっての価値

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

(前回まで:偶然、高校の先輩原島に出会ったジンは、経営についての相談を受けることになった。ミッション、顧客について考えています)

「我々の顧客は誰か、という問いでいいんだな」

 原島さんは何度もつぶやいていた。既に、自分の中で考え出しているようだ。

「原島さん。自分はビールから日本酒に替えますがどうします?」

「いや、ビールにしておくよ。日本酒はどうも次の日に残ってな」

「そう言われる方が多いですよね。でも、良い酒を適量なら、ビールよりすっきり起きられるんですがね」

「え?そうなのか?でも、日本酒は残りやすくて焼酎は残りにくいなどと言うじゃないか」

「たぶん、焼酎は蒸留していますから、アルコール自体の刺激は別にして胃への負担が少ないのかもしれませんね。日本酒やビールは醸造酒ですから、アルコールに加えて、その溶け込んでいる成分が胃を働かせるんでしょう。でも、悪酔いを引き起こすのはアルコールから変化するアセトアルデヒドですから、アルコールの摂取量次第だと思っています」

「北野は理論派だと聞いていたが、酒についても相当なもんだな」

「そんなこと誰が言ってるんですか?まあ、好きなものについては、若干頑固だと言われますけど」

「お前が高校時代にコーチ役を買って出たから覚えているぞ。練習方法の変更でも、理由に納得しないと俺たちにも食ってかかってきたからな」

「ええー?そんなことしましたか?原島さんは、とにかく怖かったですから、口答えしたなんて覚えてませんが」

「俺は逆に良く覚えている。まあ、人の記憶なんてそんなものかもしれないなあ・・・そうか、仕事でもそうかもしれない。長年信じてきたことも、実際にはそぎ落とされたり、忘れ去られたりしてしまったことがたくさんあるかもしれない。今の顧客が、顧客として存在しているには、多くの条件が重なっているわけだ」

「そうですね。仕事では、その偶然忘れたものやその時は重要でなかったものも、時が経つと違っている可能性があります。だから、何度も質問を繰り返せと言われるんですよ。一度だけじゃ駄目なんです。常に、です」

 原島さんの目が光ったように見えた。

「よし。だんだん自分のやるべきことが見えてきた。顧客は誰かを考えた後に続く質問はどうなるんだ?」

 大将が獺祭の純米大吟醸をグラスに注いで出してくれる。

「それ、俺ももらおうかな。どこの酒なんだ?」

「山口県の獺祭という酒です。良い酒ですよ」

 原島さんが、獺祭に口をつけ、驚きや賞賛の声が収まるのを待って、次の質問に移った。
 
「次に問うのは、顧客にとっての価値は何か?です。顧客は誰かについての回答が出ていますので、その顧客にとっての価値は何か?と繋がっていきます」

「なるほど。マーケティングらしくなってきたな。つまりは、ニーズやウォンツを分析していくわけだな」

「たぶん、それじゃ駄目ですね」

「何?顧客価値といえば、ニーズを分析するんじゃないのか」

「いえ、そうなんですけど。原島さんの会社について、若干教えてもらいましたよね。親会社からの移管や間接的な仕事に頼っていると聞きました。普段、顧客と密に接しているとは思えないんです。つまり、顧客ニーズと言っただけで、間接的な情報や自分たちの思いこみだけから決めつけてしまう恐れがあると考えます」

「うーん。それはあるかもしれないなあ。顧客自体を見直すわけだから、ますますどんな価値を求めているかは、既存の知識からは見つからないかもしれないな。じゃあ、どうすれば良いんだ」

「直接聞くんです。顧客とした人に、直接会ったり、電話をしたり、あらゆる手段を使って直接聞くようにしてください。聞き方にもよりますが、いろいろな希望や意見、ニーズ・ウォンツに類するものを集めてください。そこに、自分たちが提供したいものが入っていなくても、そのまま集めるんです。それらをすべて並べて、もう一度みんなに質問してください。顧客にとっての価値は何か?」

「大変そうだなあ」

「もちろんです。でも、普段やらないことをやらなければ、何も変わりませんよ。今まで、やるべきことでやっていないことが、まさに変化を教えてくれるはずです。おもしろい結果がでると思いますよ」

「よし、わかった。今は、北野の言うことに真摯に取り組むしか無いと決めたんだ。忙しくなりそうだ」

 二杯目の獺祭を頼む原島さんは、既に経営者の目になっていた。

(続く)

「顧客にとっての価値は何か?」
 
 ドラッカーの5つの質問の三つめです。
 
 SWOT分析などでもそうですが、自分たちで分析検討していると、いつの間にか自分たちにとって都合の良いこと、これまでの経験を肯定するようなことから離れられない可能性があります。
 
 だから、顧客に直接聞くことを勧めています。
 
 もちろん、顧客すべてが答えを準備しているはずもなく、曖昧な場合も多いとは思います。
 
 しかし、少なくとも、顧客自らの言葉として出されたものの方が、企業や価値提供者側が勝手に考えたものより正しいと言えます。
 
 ミッションやビジョンがはっきりしていればいるほど、顧客の価値をそれに合わせてしまうということが起こりえます。
 
 まずは、顧客の声に耳を傾け、顧客から出てこないものを排除して素直に見直してみましょう。