116.(2)顧客は誰か?

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

(前回まで:偶然、高校の先輩原島に出会ったジンは、経営についての相談を受けることになった。)

 バー「Y」の後、数日が経った。

「いらっしゃい。ジンさん、毎度」

「いつまでも暑いですねえ。常夏の国になってしまったんですかね」

「ホントだ、ホント。現場の人間は大変だよ。昨日も同業の職人が救急車で運ばれたって言ってたっけ」

 大森さんが珍しく瓶ビールを飲んでいた。

「これだけ暑いとビールですか、大森さん」

「宗旨も変えざるを得ないよ。水分補給しないとやってられない」

「アルコールは水分を大量に消費しますから、別に水をたくさん飲まないとまずいですよ。ビールといえども逆効果かもしれないと言われます」

「え?そうなのかい。まあ、確かに飲み過ぎるとのどが渇くっていうのは経験上あるなあ」

 暑さネタで話が盛り上がっているところへ電話が入った。原島さんからだった。

「ちょうどいい。仕事が終わったんで、北野を誘うつもりだったんだ。すぐ行く」

 そういえば、原島さんの新しい会社はここに近いと言っていた。

「大将、先日会った高校の先輩が来ますので、冷たいおしぼりよろしくお願いします」

「了解。そういえば、あの伝説のキャプテンだったっけねえ。偶然なんて不思議だねえ」

 本当にすぐやってきた。

「いらっしゃい。お待ちしてました」

 大将がすぐに気づいた。歳は取ったが、ラグビーをやっていたことは想像できる体格だ。

「原島さん、カウンターですが良かったですか?」

「もちろんだよ。イヤー、暑いねえ。近いけど汗が噴き出すよ」

 おしぼりを使って首筋までぬぐっている。

 大森さんも乾杯だけ付き合って、自分の定位置に戻っていった。

「ちょうど北野に報告しようと思っていたんだ。ほら、ミッションは何か、をはっきりさせろという課題に一応の答えを出したんだ」

「原島さんが考えたんですか?」

「いや、改革のためのチームを作ったんだ。事前にある程度調べていたんだが、とりあえず40歳前後の癖のあるやつを6人ほど選んだ。そこで、現役員とのディスカッションを通してミッションを見直してみた。おもしろかったぞ」

「何か起こりましたか?」

「最初はみんな硬かった。俺に対する様子見もあったんだろうな。会社概要に書いてあることを読むだけだった。それで、一人ひとりに、社訓や経営理念に書かれていることを自分の経験で語ってもらったんだ。しどろもどろだったよ。40歳前後の幹部職員に至っては、初めて朗読したと正直に頭を下げたくらいだ」

「結構、それが普通かもしれませんね」

「俺だって、親会社の経営理念なんて正月の社長挨拶で聞くくらいだったから、そう言ったんだ。でも、一度、我々の手で、自分たちの存在理由となるミッションを創ってみようと言ってみると、若手が乗ってきた」

 ニコニコした原島さんは手応えを感じているようだ。
 
「まあ、ミッションって何だろうって話になって深みにはまったのが初日だ。それで、毎日1時間、定時後に時間を取ってチームディスカッションをすることにした。そして4回目の昨日、みんなの目が変わったと思うんだ」

「きっかけは何かあったんですか?」

「一番若手の38歳の課長が、ほら、北野の言っていた『何をもって憶えられたいか』という質問について、『そんなのエゴじゃないですか』って反論したんだ。たとえば、良い奴として憶えられたいなんて、自分のことしか考えていないって言いだした。そこで、議論が噴出した。その結果、自分たちの求めるものなんだから、エゴでも良いんじゃないかという意見が多くなってきた。エゴであっても、それを前面に出して、かつ、社会に認められ、利益が出るなら、それは立派なミッションだってな」

「あ、それわかります。憶えられたい自分を表現することが、何か気恥ずかしいという思いもありますからね。それでも、我々が目指すのは、自己満足じゃないんです。社会に認められると言うことは、あの会社は○○な会社だ、と憶えられることですから、それを自ら描くのはおかしいことじゃないんですよね」

「そうだな。まさにそう思えてきた。今、それぞれのメンバーが他の社員も巻き込んでミッションの見直しを始めたんだ。そこでだ。その次を俺としても準備しなければいけない。次に考えるべきことは何だった?」

「ミッションが明確となったら、次に問うべきは『我々の顧客は誰か?』ですね。これは注意してほしいんですが、顧客を知らない人はいないと思いこんでいると思います。当たり前に日常的に頭を下げている人を顧客として考えているんじゃないでしょうか。それと、顧客は変わっていくということも忘れないでほしい点です」

「顧客は誰か、を再度見直すと言うことだな。でも、金を払う人が顧客だと考えてはいけないのか?」

「これは、よく使われる例ですが、新型の自動車を買う家族にとって、新型の車の良さを家族に認識させるのは家族の友人かもしれない。しかし、その中で実際にメーカーやモデルを決めるのは若い息子であり、買うという決定をするのは妻かもしれない。ところが、ディーラーの営業担当は、家長である夫(父)だけを顧客として直接営業を仕掛けたり、ニーズを聞いたりしていることがよくあるということですね」

「なるほど。顧客は誰かとは、より広く考えて、本当に決定している人は誰かを見ていかなければいけないということか」

「それに加えて、顧客とは、我々が価値を提供する人ですから、我々の強みを価値として捉えてくれる人という見方も出来ます。すべての人を喜ばせることは出来ません。多くの人に影響を与える友人のような人か、格好良さにあこがれる10代の息子、もしくは安全や家計への影響を主に考える妻、もしくは従来からの夫のうち、誰を我々の顧客として捉えるかによって、すべての考え方が変わってきますね」

(続く)

「我々の顧客はだれか?」
 
 ドラッカーの5つの質問の二つめです。
 
ドラッカー「企業の目的は顧客の創造である」
ジャック・ウェルチ「雇用を保証してくれるのは顧客だけである」
コトラー「大事なことは対象とする顧客を深く喜ばせることである」

 いろいろな言い方で顧客を定義し、顧客に価値を提供することが語られてきました。
 
 ドラッカーはまた、顧客は誰か、を考えるとき、
「あなたの組織は、誰を満足させたとき成果を上げたと言えるか?」を考えよと言っています。

 私は、昔、BtoBの営業をしていました。
 その頃、顧客は誰かと聞かれれば、発注担当者と答えたでしょう。
 しかし、今なら、その製品を利用する現場の人々やもしくは最終製品の利用者と考えることも出来ます。
 あの頃、この見方が出来たら、日々の活動が全く違ってきたはずだと思います。(そして、今、その製品から事業撤退していなかったかもしれません)