106.CRM(1)

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト

(前回まで:IT利用の業務改革について話をしています。ERP・SCMが取り上げられました。)

 19時を過ぎる頃になっていた。
 
 雄二や由美ちゃんも自分のスタイルで飲んでいる。酔いも回り出したので学習タイムは終わり、よもやま話に移行していた。
 
「お、いたいた。今日は由美も酔ってるみたいだな」

 常連の大森さんがやってきた。
 
「あれ?大森さん、珍しいわね。こんな時間に来るなんて」

「由美。俺だって、たまには残業して遅くなることがあるんだよ。ま、今日は、家内がなんたらの会で旅行に行ってるんで、飯を食いに来たんだがな」

 大森さんはカウンターに座るといつもの日本酒をちびちびやりながら仕事の話をし出したようだ。

「まったく今の若い奴らは客を覚えようともしないから、いざと言う時に失礼な対応をしてしまうんだよ。その火消しが大変だ」

「大森さんの会社の話ですか?」

「ジンさん、聞いてよ。この間、支店の営業の話をしただろう。インターネットを使った販売を始めたのも若い営業なんだが、おかげで店にきてくれるお客がどんどん減ってるんだ。なぜだと思う?」

「店舗のお客さんがインターネットを利用しだしたってことですか?」

「それが違うんだ。うちは古くから地域で商売してきたからお客さん毎の大福帳が資産だったんだ。取引状況だけじゃなく、子供が生まれた日だの、結婚記念日だの書き込むのが親父の代から続いている。だから取引の確認をするたびに、そろそろ子供も小学校入学の頃だなあ、なんて考えるから、店に来るとそんな話で盛り上がったりするんだ。ところが、支店では顧客カードがあるからと何でもかんでもパソコンに頼ってるだけで、そんなよもやま話なんか記録しようともしない。定期的に来ているお客さんも、一見さんも同じさ。そんなんじゃ、上得意も出来やしないさ」

「大森さん。大福帳って何?」

 由美ちゃんが不思議そうに質問を投げかけた。

「元々は取引の帳簿だな。たぶん、昔は掛け売りも多かったんで、すべての取引状況を記録していたらしい。さすがに今は、その辺はパソコンで処理されるから手書きで記録することもない。うちで言う大福帳というのは、お客様毎の情報記録簿ってところだ。息子なんかはパソコンで記録するようだが、昔の記録が手書きだから、それに付け加えていった方が、その時のことを思い出しやすいんだ。この間も、ミミズがのたうったような字で初めての取引を書いてあったのを、何でかなと思い出したら、町内の野球大会で腕を骨折していたんだ。その時の病院で知り合った人がうちに買い物に来てくれたんで記録したんだな。そんなことをふと思い出したりするわけだ」

 大森さんの話に顧客管理の視点を思い出した。

「大森さんの大福帳の話はすばらしいですね。日本の商人は昔から顧客管理データベースを作っていたと言うことですね」

「顧客管理データベースねえ。そういや、そんなもんかもしれねえなあ」

「支店の営業は直接の取引情報しか意味あるものとしていないから、結果的に顧客の囲い込みが出来ていないんですね。顧客カードがあるなら、やる気になればいくらでも可能なんですがね」

 雄二も乗り出してきた。

「おいおい。顧客の囲い込みと言われたら聞かない訳にはいかんな。顧客カードで囲い込みとなれば、ポイントだな。大森商店でそんなポイントを付けてるってことか」

「鳶野さん、まさかそんなことうちだけで出来るわけ無いじゃないですか。取引額の累計で定期的に割引セールの案内をしてるんですよ」

「雄二。そう言えば、これまでの話で、自社内と取引先についてのシステムを話したけど、顧客に対してが抜けていたよな。それを実現するために、今は顧客カードなどを使ったCRMというシステムがあるんだ。囲い込みのマーケティングと言えるだろうな」

「そうか。大森さんが良いところへ来てくれたって訳だ」

「俺は、良いところへ来たのかい?ちょうどいいや。その囲い込みの話を聞かせて貰いたいもんだ。支店のやり方にガツンと言えるかもしれんな」

(このテーマ、次回へ続く)

《1Point》
・CRM(Customer Relationship Management)
 
 顧客管理・顧客関係管理などと訳されますが、どうもしっくり来ませんね。
 
 中身については次回となりますが、今回の大福帳の話は富山の薬売りなどの帳面の話にも通じるかもしれません。
 
 富山の薬売りは、置き薬で有名ですね。
 
 つまり、一軒一軒の家族の情報などによって次の訪問時、補充する薬の手配や子供の成長に合わせた品揃えを提供できるわけです。
 
 現代において、顧客1人1人に合わせたサービスを提供するために様々な手法やシステムが提案されています。
 
 しかし、基本は昔から当たり前に行われてきていた商人の知恵なのだと思います。
 
 顧客との関係性が薄れてきている今だからこそ、そこを乗り越えて、昔ながらの適切な関係性を構築できれば強みとなることでしょう。