91.戦略とは何なのか?

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
後藤(初登場):ジンの上司となる営業部長

 豆まきが終わったと思ったら、もうひな祭りの時期になっている。
 
 3月決算の我が社も売り上げや利益の最終フォローの段階に入っている。
 
 営業部にとっては、受注の結果が直接的な評価基準の一つになるため、主要案件の見通しについての情報に一喜一憂の喧噪状態だ。
 
 ただし、我が営業部長は「受注は顧客の発注だから、受注日で大騒ぎするのはナンセンス。顧客にとって一番いい時期に発注して貰えば良し」という哲学でどっしりと構えている。

 この部長のおかげで無駄な処理や曖昧な営業をしなくて済んでいるのも確かだ。
 
 そんな部長に「お先に」と声をかけて事務所を後にした。
 
 ところが、すぐに携帯が鳴った。部長からだ。

「後藤部長、どうされたんですか」

「北野君はまっすぐ自宅へ帰るのか?」

「いえ、行き付けの居酒屋へ寄っていくんですが」

「1人でか?」

「ええ、いつものことです」

「もし良かったら、私も連れて行ってくれないだろうか」

 後藤部長は、地方支社勤めが長く、昨年から一緒に働くようになったのだが、連れだって飲みに行くというタイプではなかった。個人的に誘われたことはあったが、先約があったりして実現していなかったことを思い出した。

「いらっしゃい。ジンさん、お連れさんですか?」

「大将、うちの営業部長なんです。初めてでしたよね」

「後藤です。若い人たちに噂は聞いていたんですが、なかなか北野君とタイミングが合いませんでね」

 いつものカウンター席に腰を落ち着けて、今日は生ビールで乾杯することにした。
 
 しばらくは、営業部内の出来事の情報交換をしながら、3杯の生ビールが空いた。
 
 しめ鯖とアサリのオムレツにうれしそうな部長に無邪気さを見たような気がした。

「これは噂通りだね。こんなシンプルでうまいしめ鯖は初めてだし、オムレツにアサリのうま味がすごいもんだねえ」

 日本酒に替えると後藤部長も同じものを注文した。

「北野君は若い人たちに経営的な指導をしているようだね」

「指導だなんて。彼らが考えを整理する手伝いをしているくらいです」

「それが、個人面談でも好評でね。社長も一目置いているようだ。そこで、恥をさらすようで申し訳ないが、私にも個人指導をお願いできないだろうか」

「ちょ、ちょっと待ってください、部長。個人指導なんて。部長のリーダーシップを見ていると私なんかの出る幕はないですよ」

 杯を空け、手酌で追加した。部長も同じペースだ。
 
「私は、先輩の営業手法を盗みながらやってきた職人なんだ。ところが、最近の経営会議で求められるのは、個人の成果じゃなく、組織の成果だ。データやその分析に加えて、戦略的な方針なんて言われても、正直言ってよくわかってないんだ。今日も来年度の基本戦略と施策のマイルストーンを示すように課題が出された。これまでは、前任者の残したものに手を加えるだけだったけど、意味がないように思えるんだ。そこで、戦略って何なんだろうって考え出すとまったくわからない」

「前任の部長は、個人営業主義でしたからね。戦略と戦術の区別も無くて、さすがに悩んだものです。そうですね。基本的な知識レベルの話だったらできるかもしれません」

 徳利の追加をすると、大きく頷いた。

「そうだな。まずは、知識だけでも整理したいな。今夜はせっかくの酒と料理だから、まず、一つだけヒントをくれんか」

「ええ、もちろんです。私でわかることでしたら」

「うん。さっきも言ったように、『戦略』を立てるというのは、何から考えたらいいんだろう」

「それじゃ、基本的なところです。戦略という文字を書いてみます。戦と略と書きますね。戦とは戦い方と考えてください。そして略は省略でいいと思います。つまり、戦い方を略すことが戦略だと言うことです」

「そりゃ、漢字で書くとそうだが、戦いを省略するというのは戦わないということになるじゃないか」

「いえいえ。ここで略すというのは、上位目標を達成するための戦い方には様々なものが考えられるからです。単純に、山の頂上に登ると言う目標を達成するためには、1合目から歩くこともあるし、車で行けるところまで行ってそこから歩くとか、ロープウェイを使う、ヘリコプターで飛ぶ、など状況に応じて様々な方法があります。それを、選択して明確にすることが戦略を立てるということになるんです」

「なるほど。戦い方を選択するということか。すると、その戦い方を検討して、できるかできないかを見ておかなければいけないわけだな」

「そうですね。営業部にとっては、全社目標を達成するために、やるべきことを明確にして、顧客別や製品別に取ることができる方法を検討しなければいけません。ただ、営業部でも製品や顧客が多様ですから、逆に、やらないことを明確にすることで、下位の戦略に繋げる形がいいかもしれません」

「なるほど。官需と民需だけでも大きくかわってくるかもしれない。そうか。やらないことを明確にしておけば、やるべきことの範囲が絞り込めるという訳だな。わかったような気になっている。明日、両面で考えてみるから、アドバイスを頼むよ」

「部長、私も部の中のメンバーです。部長だけが戦略を立てるわけではありません。部長の考える方向を各課長や全部員に示して、議論をしてみることを忘れないでください。それなら、私も積極的に加わることができます」

「もちろんだ。そうだな。自分の考えをしっかりさせると同時に、みんなの意見もしっかり聞かないと、又お題目だけの目標とか戦略になってしまう。それだけは避けないといけない。そうと決まれば、本気で飲むか」

「ぶ、部長。部長がそんなに酒に強いとは知りませんでした。大将、今日のお勧めの日本酒よろしく」

「さすが、ジンさんの上司は違うと思いましたよ。そうだねえ。春近し。栃木の四季桜なんか良さそうだけどね」

「ご主人。偶然ですよね。私の父は栃木の出身なんですよ。四季桜、ぜひお願いします」

 もうすぐ桜の便りが舞出す頃だなあ。

(続く)

《1Point》
・戦略

 定義はいろいろあるかもしれません。
 もちろん、元々は戦争の用語です。
 
 たとえば、日本国語大辞典では、
「いくさのはかりごと。特に、戦いに勝つための大局的な方法や策略。戦術より上位の概念。」など、大局的や長期的な策略と説明してます。

 全社の目標であれば、全社戦略。事業部門毎に落とし込んだものが事業戦略となり、各機能毎の戦略を機能戦略と言います。
 
 それぞれ上位目標を目指したものでなければいけないという点が重要です。加えて、下位の戦略や具体的な戦術を考えるための明確な目安になっていることも忘れてはいけません。