89.組織形態と戦略

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
山野綾:ジンの営業部の部下

 社内の改革プロジェクトリーダーの伊東と山野綾とみやびへ向かうことになった。
 
 伊東は俺の3歳年下だが、野球で鍛えた体力に加え、その明るさを前面に出したリーダーシップは社内でも随一と言われている。
 
「伊東リーダー。北野さんの行きつけの居酒屋さんは、お鍋がすっごくおいしいんですよ。絶対はまりますよ」

「北野さん、今日はお誘いいただきましてありがとうございます。北野さんとこうして少人数の飲み会でご一緒するのは初めてですね」

 体育会のニオイをプンプンさせた伊東君を従えてみやびの暖簾をくぐる。

「へい、いらっしゃい。お、ジンさん。お連れさんですか。あ、綾ちゃん、いらっしゃい」

「今日は、山野君のプロジェクトチームのリーダーを連れてきたんですよ」

「伊東です。今日は、日本一の鍋料理をいただけると聞いて、楽しみにやってきました」

「に、日本一はさすがに言いすぎだよ。ジンさん、緊張させないでくださいよ」

「山野君が伊東君にそう言ったんでしょう」

「もちろんですよ、大将さん」

 山野綾の『大将さん』は、なぜか定着しつつあるのだが、それ以上に彼女が言うとかわいらしくなり大将がいつも照れている。
 
 カウンターに山野綾を挟み込む形で座ることにした。

「それじゃ、プロジェクトの成果と我が営業部の成果が共にプラスとなるようにかんぱーい!」

 ひとしきり社内の人事の話などに花を咲かせた後に山野綾が組織の話を出してきた。
 
「伊東リーダー。北野さんが今の組織をマトリクス組織だと教えてもらったんです。この組織形態の問題点はツーボスにあるんですって」

「ツーボス、ですか。北野さん、確かに私自身、彼女たちチームメンバーに指示を出すときにちょっと心配になるときがあるんです。特に、営業部にとっては今は一番の書き入れ時ですから」

「その問題を説明していたんだ。明日経営企画から集合がかかっているだろう?各部門とプロジェクトチームの調整会議を行って各担当の負荷の調整を検討することになっている」

「そうなんです。明日の会議には期待しています」

 山野綾がかしこまったような顔をした。
 
「ところで、北野さん。組織の形っていろいろあるんだと思いますが、一番いいのは今回教えていただいたマトリクス組織なんでしょうか?」

「マトリクス組織も問題が多いので、組織形態についてはいろいろな形が試されていると思うんだ。一番分かり易いのはピラミッド型のライン組織だね。機能別の組織に分かれて行く形で専門家を育てるにはいい組織だし、機能が重複しないので効率的だと言われている。ただし、自分の部門に閉じこもってしまう可能性が高いので部分最適を目指すことになってしまう・・・」

 伊東は頷きながらも3杯目の生ビールを呷っている。

「・・・そこで、会社が大きくなると事業部制に移行したり、マトリクス組織を目指したプロジェクトチームを編成したりするようになる。最近では、企業という枠を超えて繋がるネットワーク組織やバーチャル・カンパニーといった一時的な協業的組織など多くの形が出来ている」

「いろいろあるんですね。でも、結局何が一番いいかは決まってないんですね」

「そうだね。有名な言葉に『組織は戦略に従う』というものがある。アメリカのチャンドラーという人が述べたものだが、組織というものは戦略の変化に合わせて変わっていかなければいけないといことを示唆している。ところが、その後、アンゾフが『戦略は組織に従う』という逆命題を提示したんだ。この相反するような言葉は、常に、変化との格闘が必要だということを表しているのかもしれないと思うんだ」

 山野綾と伊東の2人が顔を見合わせている。

「変化との格闘というのはどちらが先かというお話でしょうか」

「伊東君。たとえば、マトリクス組織が柔軟だということで、採用するのは、そのときの戦略にとって一番いいという判断だよね。ところが、一度組織を作ってしまうと組織を変えるということに危機感を感じる人たちが出てくるようになる。中には、せっかく慣れたのだから、とか、居心地がいいとかだけで反対する人も出てくるんだ。そうなると、新たな戦略を採ろうにも組織が足枷になって動きが取れないなどということにもなる・・・」

「・・・別の考えからすると、組織として成熟しておらず、新たな戦略を立てたものの対応できないことも考えられる。その場合は、その組織で対応できるような戦略に修正しなければいけないかも知れないということなんだ」

 ちょっと咀嚼するのに時間がかかりそうだ。
 
「大将。伊東君がビールばかり飲んでいるので、そろそろ鍋頼んでもいいですか?」

「北野さん、申し訳ありません。根っからビール好きなんで飲み過ぎました」

「ははは。この店では、特別なコトじゃないよ。由美ちゃん、そうだよね」

「ここの常連さんは、自分の好きなものを徹底して飲むから、気にしても無駄ね。今の飲み方じゃ、ジンさんには到底追いつかないわよ」

「ええー!。北野さんってそんなに飲むんですか?いつも泰然としているように見えました」

 うーむ。会社の飲み会では、みやびに来る余力を残そうとするからなあ。
 
(次回へ続く)

《1Point》
・ライン組織:直系組織ともいう。社長から順番に平社員まで繋がるような組織。ピラミッド組織、官僚制組織などともいう。

・事業部制組織:トップマネジメントに直結するのではなく、分権型の組織。事業部長に利益責任まで持たせ、事業として完結する形になる。ゼネラリスト、次期トップマネジメントを育成するためにも適しているといわれる。

・組織は戦略に従う:チャンドラー
・戦略は組織に従う:アンゾフ
→アンゾフが言いたかったのは、新たな戦略が組織の変革への抵抗によってうまくいかないことが事実として多いことを見抜いて警告したとも言えます。
つまり、理想は戦略遂行に最適な組織を作ることですが、現実には組織の能力を超えた戦略は失敗に終わることになります。組織の能力を最大化する目標と成果を検討すべきなのかもしれません。