88.マトリクス組織

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
山野綾:ジンの営業部の部下

 営業部内は年度末へ向けて最後の一踏ん張りという雰囲気に包まれている。

 営業部の部下である山野綾が頭を抱えた顔で一目散にやってきた。

「山野君、どうしたんだ?やっぱり頭痛ってわけじゃないよな」

「北野さん、何とかしてください。この受注の追い込みのときに、改革プロジェクトチームの成果をまとめなくちゃいけないなんて無理です。どちらも手を抜ける話じゃないですよね」

「山野君らしいな。うちの会社でも、プロジェクトチームに権限と責任をはっきり持たせたのは初めてだからね。マトリクス組織の最初にぶつかる問題だね」

「マトリクス組織?ですか。アンゾフマトリクスみたいな?」

「簡単に言うと、営業部や総務部などのように機能別の業務と横断的目的別にチームメンバーが所属するプロジェクトや顧客別業務などを組み合わせた組織のこと。つまり、山野君の今の状況を言うんだ」

「そうなんですよね。これまでは時間的なやりくりで何とかなったんですが、プロジェクトリーダーの伊東さんも調整が取れないってぼやいてました」

「多分そうなるだろうと思って、明日、経営企画部が入ってプロジェクトメンバーの業務調整をすることになっている。メンバーにとっては、ツーボス状態だから、上司が理解しないとどうしようもないからね」

 山野綾がホッとした顔に変わる。昔で言うキャリアウーマンを目指しているような表情が、一気に少女のそれに変わったのには、ドキッとした。

「よかった。それで、伊東さんも明日まで待てって言ってたのね。ツーボスって言うのは、上司が二人いるって言うことですね」

「そういうこと。マトリクス組織の強みは、機能別組織の枠組みを越えて、横断的なチームとして活動できるところにある。でも、従来の機能別の組織にも所属しているわけだから、指揮命令を調整できないと単にメンバーが忙しいだけで、それぞれが中途半端になってしまう恐れもあるんだ」

 せっかくなのでカフェスペースへ移動して、話を続けることにした。
 
「そういえば、以前はその時その時で各部の担当者へ仕事を流している感じでしたけど、今は仕事と一緒に自分も動いている感じですね」

「前にポーターのバリューチェーンっていう話で盛り上がったよね。一般的な組織だと、上流工程から下流工程へ仕事が流れていくことが効率的だと言われていた。工場のライン生産と一緒だね。ところが、今の我々のように、顧客の要求によって途中工程でも平気で変更がかかる仕事をしているとそれだけじゃ対応できなくなったんだ」

「そうですね。このプロジェクトが始るときにも、未知の改革をするためには、仕事をこなすだけじゃ成果に繋がらない、何度も振り出しに戻って全体を見直すくらいの柔軟性がなければ、って言われました」

「最近、マトリクス組織も柔軟性にかけるということで、ネットワーク組織という考え方も出てきている。縦割りでも横割でもなく、それぞれが網の目のように繋がるインターネットのイメージだね」

 組織論の世界へ入ってしまった。

「そうだ。ホッとしたらお鍋も食べたくなったし、北野さん、伊東リーダーを誘いたいんですけど、みやびへ行きませんか?マトリクス組織の話も伊東リーダーに教えてあげたいんです」

 もちろん、そのつもりだ。

(次回へ続く)

《1Point》
・マトリクス組織
 営業・設計・製造・調達・輸送~などのように、企業における機能別の組織と組織のターゲットに絞った目的別組織を組み合わせた組織形態を言います。
 
 歴史的には、専門化を目指した機能別組織と分権化の事業部制の利点の両方を狙ったものと言われています。
 
 問題点としては、
 (1)ツーボスとなり、相反した指示の調整がつかなくなる。
 (2)管理者の数が増え、管理コストのアップとなる。
 (3)管理者が内部調整に忙殺される。
 などが挙げられています。