87.AIDAモデル

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
山野綾:ジンの営業部の部下

 寒暖の差が大きい日々が続く。外回りの営業担当者にとっては、体調管理に気を遣わざるを得ない。
 
 でも、冷えた体には、熱燗が待っていてくれる。それでいいのだ。

「いらっしゃい、毎度。ジンさん、寒そうだね。熱燗つけますか?」

「大将、もちろんですよ。そのために寄ったんだから」

「寒いときの熱燗、暑いときのビール。ジンさんは分かり易くてうれしいねえ」

「ジンさん、いらっしゃーい。コートと鞄はこっちに預かりますね」

 由美ちゃんの機嫌がやけにいいなあと見ていた。

「え?なーに、ジンさん。あんまり見ないで。何かついてるの」

「いやいや、由美ちゃんがやけに楽しそうなんでね」

「えへへ。嵐のコンサートチケットが当たったんだ。競争率が高くてあきらめてたんだけど」

「・・・ああ、なるほどねえ・・・嵐、ねえ」

 アイドルグループのチケットが当たったと言うことで、ここまでハイテンションになれることに驚いた。

 先に飲んでいた大森さんが呟いている。
 
「女ってのはわからんなあ・・・」

「大森さんもそう思いますか?」

「え?ジンさんのように若くてもやっぱり彼女たちの感覚は不思議なんだ」

「不思議とは言いませんけど、あそこまで喜びを表現できないですよね」

「そうなんだ。家の女房と妹が、由美と同じチケットで大騒ぎしてるんだ。由美くらいなら若いからわかるけど、うちのは50を過ぎてるんだ。まったくわからん」

 いつものように52度のやや熱燗で乾杯する。

「はー、生き返る。嵐より酒がいいですがねえ」

「間違いない。でも、女達を見ていると商品の売り方というのはもっと考えなけりゃいけないね。うちなんてプロ用を扱っているんだけど、最近メーカーから一般の女性が使う工作用品を扱ってくれないかと言われてるんだ。確かに、隣近所は女性向けの洋品やアクセサリー店が多いので、女達の通行は多いんだけどね」

「そうですね。大森さんの店の前の通行量はマーケティングを考えれば可能性は高いですね」

 浮かれていた由美ちゃんの目が輝いた。

「マーケティングね、ジンさん」

 他に客がいないことをいいことにカウンターにちゃっかりと腰を下ろした。

「いきなりアドバイスはできないけど、大森さんの店では、新規顧客に新製品を売ることになるので教科書的に考えて見てもいいかもしれないですね」

「いいよ、いいよ。いきなり複雑なこと言われてもわからんから、教科書でわかるようなやり方がありがたい」

「そうですねえ。消費者の反応プロセスに従ってコミュニケーションを考えて実践してみましょう」

「???」

「消費者、この場合、ターゲットとなる店の前を通行する女性達が大森さんの店で、その工作用品を購入するまでの反応モデルを考えます。有名なものではAIDAモデルというのがあります」

「間(あいだ)モデル?って、人と人の間ってやつかい」

「いえいえ、いつものように英語の頭文字をつなげたものです。A・I・D・Aで、注意のAttention、興味のInterest、欲求のDesire に行動のActionです」

 由美ちゃんがいつものようにノートに記録し終わったのを確認して続けた。

「つまり、新しい商品に対し、購入を決定するまでに消費者にどんな反応が起こるかを考えて、それぞれのプロセスに対して具体的に何をするかを検討するんです」

「注意→興味→欲求→行動、の順番に反応が起こるということね」

「そうだね。まず、注意というのは、言い換えると『気づく』(A)という段階を言うんだ。まずは、その商品に気づかなければ、購入まで進むことはないからね。それに対して、売る側はどうするかというと、『気づかせる』ための策を考えるということになるね。同じように、興味を持つ段階(I)には興味を喚起させる対策、欲求を持つ段階(D)には実際に欲しいと思わせる対策、そして、行動(A)を後押しする対策ということになるんだ」

「順番に行うと言うことかい?」

「実際には、1人の消費者だけに売るわけではないですから、それぞれの段階にある複数の消費者に次の段階へ進む方策を並行して行うんです。そうですね、たとえば、

(A)女性向けの商品があることを知らせるポスターや店の前への陳列、
(I)POP広告や特徴を知らせる説明書き、販売員の説明、
(D)簡単に使えることや便利さを伝える、
(A)実際に手にとってもらったり、お得な値引きなどを伝えて購入につなげる、

というように考えて、それぞれの対応を並行して行うといいんじゃないでしょうか」

「私だったら、普段は大森さんの店の隣に目がいってしまうけど、嵐が女性に勧めるようなポスターがあれば気づくわね。まずは、気づかせることができれば、後は大森さんのしゃべりのテクニックでI・D・Aを実践できてしまうんじゃないかしら」

 大将もカウンターから身を乗り出した。
 
「大森さん。女性を口説くのとまったく同じじゃないですか。心配ないじゃないですか」

「黒さん、参ったね。俺も同じだなあって思ってたんだ。やっぱり、AIDAモデルというのは、女性との間を埋める間(あいだ)モデルだ」

 うーんと唸ってしまった。

(続く)

《1Point》
・AIDAモデル
 商品やサービスを購入決定までにどんな反応が起こるかというモデルになります。これらのプロセスを検討して、広告などのメッセージ(コミュニケーション)の目標を立てることになります。
 
A(Attention):商品やサービスに注意をする段階←気づかせる
I(Interest):興味を抱く段階←興味を持たせる
D(Desire):欲求に気づく←欲しいと思わせる
A(Action):購入する←最後の一押し

 このほか、AIDMAモデルというのも有名です。「M」は、Memory:記憶で、たとえば、その場で購入しない消費者に試供品を提供して忘れないように誘導するなどの対策を付け加えた考え方です。