84.マーケティングとは

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
山野綾:ジンの営業部の部下

 みやびの縄のれんをくぐると賑やかな声が溢れてきた。
 常連の大森さんや近藤さんも既に良い気分となっているようだ。

「いらっしゃい。ジンさん、いつのも席空いてるわよ」

 由美ちゃんがいつものように飛び出してきた。

「今日はやけに賑やかだね」

「商店街の問題で盛り上がっているみたいなの。大森さんとおじさんが議論してるから引っ張り込まれるわよ」

 ひそひそ話で店の様子を伝える諜報部員さながらだ。案の定、おじさんと大森さんが身体をこちらに向けた。

「おお、ジンさん。良いところへ来た。黒沢さんにマーケティングを教えてやってよ。商店街のコンサルの言うことに一々反論するんだよ」

「大森さん。反論じゃないですよ。なんか変だと言ってるんですよ。だってね、ジンさん・・・」

「おじさん、まずは生ビールでしょ。いきなり議論を振ってもジンさんが面食らってるわ」

「あ、いや、由美っペの言うとおりだ。ジンさん、改めていらっしゃい。申し訳ない。どうも大森役員と組合の続きをしてしまいました」

「めずらしいですね。大森さんがマーケティングって言ってましたけど」

 大森さんが身を乗り出してきた。由美ちゃんがそれを制して、生ビールをカウンターに置いたので、改めて乾杯をした。

「ジンさん、聞いてよ。黒沢さんはどうも区から紹介されたコンサルのやり方が気に入らないようなんだよ。マーケティングなんだから、アンケート調査をして、調査結果からニーズを抽出して、それを解決するための提案を受けて実行すればいいはずだよね」

「だからね、大森さん。それが対症療法的だと言ってるんですよ。まとめた報告書から対策を選んでうまくいくんだったら誰も苦労しないと思うんですよ」

 そう言えば、商店街でアンケート調査をやっていたようだ。その対処法で議論になっていることが見えてきた。

「大将、大森さん。ちょっと質問させてください。この間やってたアンケート調査ですよね。その結果が出たんですか?」

 何とか2人を落ち着かせて話を整理しなければいけない。

「そう、そうなんだよ。その報告会が今日あってね。思った通りの結果だったんで、役員としても各個店に対策を実施してもらうための説明をしたんだ。黒沢さんは、どうもそれが気に入らないらしい」

「でも、ね、ジンさん。確かに、アンケート調査の結果をきれいに整理して、問題点に対する解決策が出されてましたよ。でも、みんながバラバラと解決策をやっても結局欠点を少なくするだけで、全体の発展に繋がらないように思えるんです」

 大将が、今日の『マーケティング調査結果と提案書』という立派な書類を見せてくれた。何となく問題点が見えてきた。

「これはマーケティングというより販売戦術ですね。大将の言うように『欠点を減らす』方策がメインで、本来マーケティングがすべき『売れる仕組み』を提案するまでいってないようです」

 由美ちゃんも身を乗り出してきた。

「やっぱりね。なんか前に聞いた気がしていたの。調査をすることがマーケティングじゃなくて、たとえば商店街のあり方そのものから考えることが必要なんだって」

「そうだね。マーケティングというのは、販売する時点だけの対策を調査することだけではないんだ。大将が言うように、全体戦略との整合性が特に重要になるね。もちろん、販売時点での対策が最重要なのは商店街ですから当然だけど」

 大森さんが不満そうに口をとがらせた。

「各個店で一番求めているのは、実際に何をしたらいいのか、何をしてはいけないのかだから、具体的な提案なんだよ。戦略とか言っても誰も判りやしないさ」

「大森さん。それが実態ですよね。でも、やっぱり、各個店に任せてしまっては各個店だけの改善で終わってしまいますよ。マーケティングの目的は、営業をしなくてもお客さんが買ってくれる仕組みを作ることなんです」

「ジンさん。それって、何もしなくても売れる仕組みってこと?」

「そう言うこと。だから、一度調査したから良いわけではないね。常にニーズは変わるから、変化に対応できる仕組みや新たな顧客を創造する行動、そして何よりも顧客満足を常に提供できることがマーケティングと言えるんだ」

 大森さんが頭を抱えた。

「そりゃ、難しいよ。そんなことコンサルに頼んだらトンでもないコンサル料になっちまう」

「大森さん。だから仕組みなんです。みんなが、気づいたことや成功した経験、もちろん、お客さんの声を常に共有できる仕組みを作って継続的に議論をしていくしかないんです」

「ふう。大変そうだなあ。いっそのこと、今のコンサルをクビにして、ジンさんを飲み代だけで雇ったら安く済みそうなんだけどな」

「あ、それ魅力的ですね。でも、さすがに自分1人だけでやるのは2足の草鞋ですから無理ですよ」

「それなら私も手伝うわ。昼間時間が取れるし」

「由美っペの報酬は、役員会は必ずうちでやってもらうということでどうですか」

 大将の提案に大森さんも乗ってきて、酔った勢いのコンサルチーム結成になった・・・ホントに良いんだろうか。
 
(続く)

《1Point》
・マーケティング

 マーケティングとは結構使う言葉ですが、でも、良く考えると分からなくなるカタカナ語です。
 
 定義を見てみましょう。
 
【アメリカマーケティング協会の定義】(2004年)
「マーケティングとは、組織的な活動であり、顧客に対し価値を創造し、価値についてコミュニケーションを行い、価値を届けるための一連のプロセスであり、さらにまた組織及び組織のステータスホルダーに恩恵をもたらす方法で、顧客関係を管理するための一連のプロセスである」

【日本マーケティング協会】(1990年)
「マーケティングとは、『企業および他の組織 (1)』 が『グローバルな視野 (2)』 に立ち、『顧客 (3)』 との相互理解を得
ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための『総合活動 (4) 』である」

*『 』内の注意書きは以下。
 (1)教育・医療・行政などの機関、団体を含む。
 (2)国内外の社会、文化、自然環境の重視。
 (3)一般消費者、取引先、関係する機関・個人、および地域住民を含む。
 (4)組織の内外に向けて総合・調整されたリサーチ・製品・価格・プロモーション ・流通、および顧客・環境関係などに関わる諸行動をいう。
 
 それぞれ長い定義です。ただ、「プロセスである」、「総合活動である」というところにポイントがあると言えるでしょう。
 
 私が気に入っている定義は、かのフィリップコトラーがドラッカーとの対談で語ったの言葉
 
「マーケティングについての一番短い定義は、『ニーズを満足させること』というものです。『価値を加えて』と入れればもっとよいと思います。」

です。(「非営利組織の経営」エターナル版P84 ダイヤモンド社)

 また、そのドラッカー自身は、「マーケティングとは販売を不要にすることだ」と明快に語っています。
 
 マーケティングについては、もう少し考えてみないといけないですね。