83.ミッションとビジョン

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
山野綾:ジンの営業部の部下

 年が変わった。
 
 年末年始は久しぶりに実家で過ごしたので、のんびりしすぎて身体が重くなってしまった。
 
 まずは、絞り込みから取りかかるために、走り初めだ。
 
 朝は零下になっているのではないかと思える程、肌に刺すような寒さを感じたが、昼過ぎには暖かい日差しになっている。
 15分も走るとと内側から暖まってくる。
 
 河川敷に降りるとさすがに着込んだ人たちが散歩やジョギングに行き交っている。
 
 1時間ほどゆっくり目で流して部屋に戻った。
 
 シャワーを浴び、身体の火照りが収まった頃、コーヒーを淹れて年賀状を眺めて過ごした。
 
 今日は、居酒屋みやびは休みなのだが、商売繁盛の初詣を終えた頃に来てくれと言われている。雄二とみやびの2人とで飲み初めをすることになっているのだ。
 
 由美ちゃんからメール着信。16時に行くことになった。

 商店街は初売りで結構賑わっていたが、飲食店は明日以降の開店を宣言する張り紙が多いようだ。
 
 のれんも提灯も出ていないみやびの引き戸を開けると拭き清められたテーブルに朱塗りの角樽が置かれていた。
 
 大将がカウンターの奥から顔を出した。

「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」

「ちょうど新巻鮭の切り身と雑煮の準備が終わったところです。由美っペも商店街へ挨拶に言ってますがそろそろ帰ってきますから、座っていてください」

 すぐに雄二も到着した。
 
 テーブルには、焼き鮭と松前漬け、紅白のかまぼこ、伊達巻き、黒豆、焼き豚が並んだ。

「あ、皆さんおそろいね。遅れちゃってすいません」

 由美ちゃんが引き戸を開けて入ってきた。振り袖の着物を着ていた。

「よ、由美。良いねえ。いつの間にか女っぽくなってたんだね」

「由美ちゃん、似合うよ。正月気分が高まるね」

「へへ。お二人さん、ありがとうございます。たまにはお世辞も良いものね」

「由美っペ。さあ、座って。おあずけ状態なんだから」

 大将も前掛けを外しテーブルに座って角樽から朱塗りの枡に酒を注いで回した。
 
「それじゃ、改めまして、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」

 升酒で乾杯し4人だけの新年会が始まった。
 
 しばらくして由美ちゃんがノートを取りだした。
 
「ジンさん。前に企業のミッションの話をしてくれたときに、個人でもミッションやビジョンが必要だって言ってたわよね。実は、新年の書き初めにミッションとビジョンを書こうと思ったんだけど、結局、どっちがどっちだか、わからなくなってしまったの。ミッションが存在する意味や使命ってメモしてあるんだけど、私の存在する意味って私が決めても良いものなの?なりたい自分って考えるとビジョンと何が違うのかわからなくなってしまったの」

 雄二が松前漬けを口に入れたまま答えようとしてる。

「由美。難しく考えすぎだよ。ミッションっていうのは、大雑把に考えて、具体的な姿がビジョンだと思えば良いんじゃないか。なあ、ジン。わが社のミッションとビジョンも時間をかけて考えたけど、厳密な定義はしなかったよな」

「そうだな。ミッションを考えるとき、もちろん自分が決めるものなんだけど、『何によって憶えられたいか?』という問いかけに答えるつもりで考えてみてごらん。言い方を変えるとね、自分の葬式で友人達に『あいつは○○な奴だった』と言われたいのはどんな言葉だろうと考えてみることだ」

「ジンさん。その言葉、前にも聞いたことがあるわ。でも、それがミッションの問いだとは思わなかった」

「ピーター・ドラッカーが13歳の頃、宗教の先生だったフリーグラー牧師から問われた言葉だと語っているね。自己刷新や成長のための問いだとされているけれど、この問いこそ存在や行動の意味であり、使命とすべきものを自らに問う言葉だと思っているんだ。そう考えると、ビジョンは『何によって』を具体化したあるべき姿だと考えられると思うんだ」

「ジン。それを早く教えてくれよ。見えてきた気がするぞ。『何によって憶えられたいか』、そのために『あるべき姿』は何か?うん、考えるのが楽しくなりそうだ」

「本当ね。そうかあ。私は『何によって憶えられたい』んだろう。わかったわ。もう一度、初心に戻って考えてみよう」

 大将も頷いた。

「新年からいい話を聞きました。最近、由美っペの質問攻撃にタジタジなんですが、おかげで、自分のやっていることを具体的にすることが出来ているんです。考えて言葉にすることが重要なんだなあと思えますよ」

 焼き餅の焼ける香りが強くなってきた。
 
「そろそろ餅も焼けました。雑煮にしますか、それとも醤油と海苔で食べますか?」

「そりゃ大将。両方に決まってますよ」

(続く)

《1Point》
・ミッションとビジョン
 新年に当たって改めて考えてみました。
 以前にもこの話題で話を進めましたが、そのときは、Missionの語源を意識してイエスキリストの使命や宣教師の使命というとらえ方をしていました。
 
 以前の「ミッションとは」←リンクになっています

 
 それ自体は変わらないのですが、ドラッカーの「何によって憶えられたいか」という問いこそが、ミッションへの問いであるという確信を持つに至りました。
 
 人それぞれ、組織それぞれにミッションとは、これでなければいけないと言うことではありませんし、定義が重要でもありません。しかし、何度も問い続けなければいけない言葉として、提案させていただきました。
 
 私自身、この言葉に答えを出していきたいと思っています。