71.コトラーの3層モデル

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員

(前回まで:自然災害や新型インフルエンザなどの事業継続への脅威に対応するため、事業継続計画(BCP)について説明しました)

 みやびでの人気メニューと言えば、季節もののちゃんこ鍋だ。中身は至ってシンプルなのだが、その出汁が素晴らしく、やみつきになった客が常連となっているのだ。
 
「大将。今年はちゃんこはいつからになるんですか」

 この時期になるとみんなが気にし始める質問なので、店内が一斉に振り返った気がした。

「実は来週から始めようと思いましてね。今日は、久しぶりに出汁を仕込んでみたんですが味見しますか?」

「もちろんですよ。早く言ってくださいよ」

「大将。聞き捨てならないよ。こっちも頼むよ」

 やはり、みんな気にしていたようだ。
 これには大将も慌てたらしく、ちょっと考えていたが意を決した。

「皆さん、ありがとうございます。今日は試作のつもりでしたが、結構いい味が出ましたので、皆さんにサービスです。ただ、今の人数くらいでなくなりそうなので、これで打ち止めですよ」

 カウンターとテーブルにいた客が歓声を上げた。めずらしく全員が常連だったのだ。

「大将、大丈夫ですか。別に無料にしなくても」

「ジンさん、気にしないでください。みんなに味見してもらって、今年の味の方向性を決めたいんですよ」

 由美ちゃんが説明調で口を挟んできた。

「へへ。実は、店を開ける前におじさんと話をしていたの。新メニューではないけど、微妙な味加減のテストマーケティングのつもりなの」

「なるほどね。よく見ると、今日は味にうるさい常連が多いみたいだからデータとしては有効だね」

「味にうるさくはないよ、ジンさん。黒さんのちゃんこに外れはないさ」

 最もちゃんこにのめり込んでいる大森さんもうれしそうだ。

「今年もちゃんこで元気をつけて年末に向かわなきゃ。商店街と言っても、品揃えにしてもワンストップサービスでも大型スーパーと変わらないから差別化もできないし、元気だけで乗り切らんとな」

 ちょっと違うと思った。
 
「うーん。大森さん。確かに、品揃えなんかの実態部分は大型スーパーと変わらないでしょうし、プライベートブランドなどを考えるとなかなか勝てませんよね。でも、付随部分では差別化のチャンスがありましたよね」

 由美ちゃんが耳ざとく質問してきた。

「実態部分とか付随部分とか、難しい言葉を使っているところをみるとなんかの経営理論じゃないの?」

「理論と言えば理論だね。前に、大森さんに頼まれて、商店街の簡易診断をしたときの切り口に使ったんだ。それで思い出したんだよ」

 大森さんも思い出したようだ。

「そうだ、そうだ。空き店舗と地域の人材活用の提案をもらったよね。それが、付随部分ってことだったね」

「マーケティングの巨匠といわれるフィリップ・コトラーの3層モデルで考えてみたんだ」

「コトラーの3層モデル。付随と実態ともう一つあるのね」

「コトラーは『製品』の定義として3層のモデルを提唱しているんだ。『中核部分』『実態部分』『付随部分』の3層に分けて説明をしてる。

(1)中核部分とは、基本的な便益であって、たとえば喉が渇いたなどニーズとほぼ同じものと考えてもいいでしょう。

(2)実態部分とは、その製品の実態であり、見たり触ったりする部分です。喉が渇いたという中核部分を満たすためのビールであったり、ブランドを含めるとヱビスビールなど具体的なものになります。

(3)付随部分とはそれが無くても製品としては完成しているけれど、付け加えることで価値を上げるようなものといえます。ヱビスビールが欲しい顧客に対し、1本からでも配達しますというサービスを加えて販売する酒販店などがその例でしょう。

実際の企業では、この実態部分と付随部分で差別化を図り、競争していると言えるのです」

「と言うことは、大森さんの商店街の話で言うと、実態部分では大型スーパーには太刀打ちできないので、付随部分で差別化をして競争優位にすると言うことなのね。それが、空き店舗と人材の活用というわけね」

「ほほー。最近、ジンさんより由美が解説する方が多くなってきたんじゃないか」

「大森さん、そうでしょう。由美ちゃんが勉強熱心なんで、私の出る幕がなくなりそうですよ」

「まさか。ジンさん、おだてないでね。これでも、必死なんだから」

「由美ちゃんも実態部分が成長している段階と言えるかもしれないね。まずは、実態部分がしっかりしていないと付随部分でいくら差別化を装っても便益を充分与えられないからね」

「そうかあ。私もジン先生にしっかりついていって、がんばります」

 いいにおいがしてきた。

「さあ、皆さん。鍋の準備ができました。由美っペ。ガス台を早く出さないと、鍋の実態部分が食べられないぞ」

「大将も結構聞いてるじゃないですか」

 ちゃんこ鍋が次々に出され、店中が鍋の熱気で盛り上がってきた。
(続く)

《1Point》
・コトラーの3層モデル
 製品の定義という形で出していますが、サービスにおいても当てはまると思います。
 
(1)中核部分:便益の束と表現されますが、消費者ニーズに対応する部分と言えます。

(2)実態部分:具体的な品質・ブランド・パッケージなど直接購入する部分と言えるでしょう。

(3)付随部分:たとえば、アフターサービスやオプション的なサービスなど迷っている消費者の背中を押すようなものと言えるでしょう。

 このように3層に分けることで、単純に差別化を検討するのではなく、実態部分と付随部分を意識することで、これまで見えなかった強みや弱みを明らかにすることもできるでしょう。