35.組織の目標と個人の生産性

(前回まで:貸借対照表と損益計算書から営業キャッシュフローを計算してみました。また、簡単なキャッシュフロー分析も行いましたが、いかがでしたか)

 部下の山野綾と居酒屋のカウンターで燗酒を傾けるとは思っていなかった。基本的に、仕事の後は会社の連中から離れて過ごすことが多い。
 
 その方が、仕事を振り返るにしても鳥瞰できると思っているからだ。
 
「北野さんって、本当にお酒好きなんですね。でも、会社ではあんまりそんな感じはしませんよね。正直言うと、仕事が終わるとサッと帰ってしまうんで、冷たいのかなって思ってたんです。ごめんなさい。怒らないでくださいね」

「ははは。怒らないさ。それが俺の仕事に対する姿勢だからね。仕事は仕事って思っているわけじゃなくてね。1日1日を充実させるためには、バランスを考えながら取り組んでいかなけりゃいけないと思っているんだ」

「私なんて、毎日起こるトラブル対応や処理に振り回されて、何となく遅くまで会社に残ってないと不安になってしまうんです。他のみんなもそんな感じですよね」

「まあ、若い頃は俺もそうだったかもね。今は、求められていることを、よりわかりやすく、より早く処理することが自分の役割だと思っている。自分の成果は、誰かが利用して初めて意味があるから、自分のところで停滞させてしまっては意味がない。だから、自分で締め切りを作って、それに集中することが重要なんだ。あとは、家へ帰ったり、セミナーや研究会へ行って、くつろぎや勉強、刺激の時間に使うことで、結果的に、ホワイトカラーに一番欠けている生産性の向上につなげていきたいと思っているんだ」

「ホワイトカラーの生産性ですか?」

「知識労働者と言ってもいいかもしれないね。今は、工場でモノを作ったり、現場で工事をしたりする直接的な肉体労働者よりも事務所で処理をしたり、お客さんのところへ行って情報のやり取りをする部分がどんどん拡大している時代だよね。工場だって、実際には中央制御室なんかに座って、全体の監視とコントロールをする仕事が増えているはずだよ」

「うちの会社は工場を持っているわけではないですから、ホワイトカラーというか、知識労働者だらけですよね」

「トヨタに代表されるように、モノづくりの生産性は飛躍的に上がっていると言える。でも、逆に、マーケティングとか、意志決定などのように外部とのやり取りや情報処理という面で生産性が高まっているかどうか怪しいと思うんだよ。今は、パソコンとネット環境があれば、様々な情報を取り扱うことができるし、メールなどを使えば、机の前だけで仕事ができてしまう環境にはあるけど、みんな楽になっていないよね」

「携帯が使えるようになったから、営業は直行直帰も可能になったんだって部長は言いますけど、全然そんなことはないですし」

「情報のスピードは速くなったけど、それ以上に不要だったり、全くの無関係な情報が溢れてしまっていると感じたことはないかい?」

「メールの量は凄まじいですよね。時々、問題になりますけど、簡単に同報メールや転送ができるので、私に直接関係ないメールのやり取りでメールボックスが溢れたことがあります。あの時は、お客さんからの大事なメールを見落として、北野さんにご迷惑を掛けたこともありました」

「ああ、あの時か。あの時も言ったけど、送る側の選別も必要だし、メールソフトの機能で、回避する手段をとらないとメールチェックだけが仕事の大部分になってしまう。こんな例なら身近だよね。仕事で成果を上げるためには、効率的なシステムの利用を身につけなければいけないし、少なくても、自分の不注意で他の人の効率を継続的に下げているとすると組織の生産性はどんどん低下してしまう」

「反省してます」

「いや、山野さんのことを言ってるんじゃないんだ。みんな見えなくなってしまっていることなんだ。パソコンを使って、溢れる情報を山盛りにして、ワードやエクセルで見栄えのいい書類を作ることに時間をとっていると、あたかも仕事をしているという自己満足にはなるが、組織の目標達成のためにどれだけ貢献しているかと考えると、ほとんどが資源の浪費だ。山野さんは、ラグビーのルールなんか知ってる?」

「ほとんどわかりませんけど、父が学生時代に選手だったんで、テレビでやってると家族で見たりしてました」

「へえー。お父さんがラグビーやってたんだ。それじゃあ、ラグビーって、ボールを自分より後ろにパスしながら進むまなけりゃいけないのはわかるよね」

「ええ」

「ディフェンス側はどんどんプレッシャーをかけてくるんだけど、そんな時、『ホスピタルパス』というプレーが出てしまうことがあるんだ。知ってる?」

「ホスピタルって、病院ですか?」

「そう。相手のプレッシャーに負けて、いわば苦し紛れに味方にパスをすると、敵にとっては恰好の餌食で、パスを受ける無防備なタイミングでタックルを受け、それこそ、そのまま病院行きになってしまうというプレーを言うんだ。当然、正式なプレーではなく、味方を戒めるための名前だね」

「そうですよね。それじゃなくても、タックルされると痛そうなのに、そんなパスを味方にしてはいけませんよね」

「それを、われわれは会社で日常的にしていないか、常に考えなければいけないんだ。自分の仕事が組織の中でどんな位置づけにあって、今の目の前にある業務が誰につながっていくのか、その一番いいタイミングはいつなのかを考えながら処理していないと、仲間みんなを痛い目にあわせていることになっているかもしれない・・・」

 燗酒を目の前で振って、大将に2本目の合図を出した。
 
「自分のやることはとりあえず終わったからいいや、でなく、自分の能力と業務の内容、それと次につなげるタイミングを考えずに成り行きで仕事をしていると組織的な仕事にはつながらない」

「ますます反省しています。それでも、私のように依頼された業務の意味がわからず、時間ばかりかかってしまうときはどうしたらいいですか」

「それは、簡単だよ。知っている人に教えてもらうことだ。それは、迷惑をかけているんじゃない。お互いにサポートしあって、組織全体として、一番効率的なスピードで仕事をすることが大事なんだ。それでも、なるべく早く、関係者にいつまでかかりそうかを知らせることも大事だね。自分で抱えてしまって、苦し紛れのホスピタルパスにならないようにね」

「わかりました。次の人に最適なパスができるように明日からがんばります」

(続く)

《1Point》
・組織の目標

 以前にテーマとして「ビジョン」を取り上げました。
 
 組織の目標とは、とりもなおさず具体的なあるべき姿である「ビジョン」へのマイルストーンと考えてもらえればいいと思います。
 
 いつまでに・何を・どうするのかという目標に向けて、組織は誰が・どのように行うのかを明確に決めていかなければいけません。
 
 この時、誰が・どのように行うのかという部分は、企業などの組織では、権限と責任を移譲した部門が中心になることが多いと思います。
 
 ともすれば、日常的なルーティンワークとして、機械的な処理になりがちではないでしょうか。
 でも、それぞれの業務が自分の部門にとって、組織にとってどんな役割を果たしているのか、を良く考えて行っているかどうかで、組織としての成果が変化してしまうということなのです。
 
 あなたは、組織にとって、どんな地位にあり、どんな役割を担っていますか?責任を充分認識して権限を行使していますか?