30.資金繰り表

(前回まで:競争戦略について、ポーター、アンゾフ、コトラーなどを学んできました。ジンの会社の談合調査の話題も同時進行でしたが、整理できてますか?)

 年末の挨拶回りも落ち着きだした。
 最終のミーティングが終わると早々に会社を後にした。
 
「いらっしゃーい、年末大安売りですよ」

 商店街に入ると各店舗が競い合って声を張り上げている。そんな店舗の前で大森さんの姿を見つけた。
 
 いつものようにニコニコと売り子達に声をかけているようだ。

「大森さん、こんばんは」

「おお、ジンさんか。これからみやびかい?」

「ええ、もちろんです。大森さんも今夜、顔を出しますか」

 めずらしくちょっと考えてから改まった顔つきで口を開いた。

「ジンさん、ちょっと相談があるんだが、いいかな」

「ええ。これからですか?」

「できれば飲む前に話がしたいんだが」

「かまいませんよ。特に約束があるわけじゃあありませんから」

「じゃ、ちょっとうちの店でお茶でも飲んでもらおうかな」

 何の話だろうと思い当たることがないまま大森さんの後についていった。
 
 『大森商店』という木彫りの大きな看板の店舗に入ると、大工道具や資材が整然と並べられてある。その通路を奥に進むとガラス戸で仕切られた事務室があった。
 
 事務机で書類の整理をしていた女性がサッと立ち上がって奥のスペースへ入っていった。

「さあ、どうぞ」と言われ、応接セットに腰を掛けた。

「済まないねえ。みやびの黒沢さんに叱られてしまうから早めに用件をすまさないとね」

 先ほどの女性がお茶を入れて出していく。
 
「ジンさんは、経営診断をするらしいですね。この間、近藤さんに話を聞きましてね。あそこの社長さんが随分感心していたと聞いたんですよ」

「ええ、近藤さんにはお世話になりました。私もいい勉強をさせてもらったようなものです」

「それでね、ジンさん。うちの取引先から相談を受けていてね。どうも、同業者から身売りの話があるらしいんですよ。同業者と言っても、取扱の範囲が違っているんで、協力関係にある相手なんですが、相続する人がなくて困っているらしいんですよ」

「M&Aですか。そうなると、経験のあるコンサルや銀行の方が安心だと思いますよ」

「いやいや、そうじゃないんです。正式に買う方向に進むのなら専門の会社に頼むつもりらしいんですが、できれば事前に相手の状況をざっと見て問題がありそうかどうかを確認したいというお願いなんですよ。正式に検討を始めた後で、内容が悪いので止めるというのは避けたいようなんです」

「程度の問題がありますが、私の良くやる簡易診断のレベルでいいならお引き受けしますよ」

「ありがたい。それじゃ、善は急げで会社概要書と直近5年間の財務諸表を預かってますので自宅に送ります。他に必要なものがあったら言ってください」

・・・

「というわけで、ジンさんに引き受けてもらって助かったよ」

 話が決まると大森さんと一緒にみやびにやってきた。
 大森さんは肩の荷が下りたのか、饒舌になっていた。

「へえー。経営診断って大変なんでしょう?」

 由美ちゃんが目を輝かせて乗ってきた。

「そうだね、色々な形が考えられるけど、今回は事業環境の確認と財務諸表診断をメインに考えているんだ。大森さんに聞いてもらったら、この会社は資金繰り表も作っているようなので、取引の状況もわかりやすそうなんだ」

「資金繰り表?どんなものなの」

「そうだなあ。簡単に言うと、一般的に、毎月の入金や支払の実績や予想を記入して、借入や返済を検討する表と言えるね。特に、手形払いだったり、取引先の支払条件によっては、現金化するのに時間がかかることがあるよね。計算上は十分な売上があるのに、一時的に支払をする現金がなくなるなんてことがないように使うものなんだ」

「そうそう。うちなんてどちらかというと現金商売だったからあまり気にならなかったんですけど、最近クレジットカードが増えてきてね、去年の年末だったか、酒屋さんに支払を待ってもらったことがあってから、気を使うようになりましたよ」

「そうなんですよ。特に、中小の会社なんかだと、支払は現金なのに、入金は手形とか期日払いで現金がなくなってしまったなんてことが起こったりするんですよ」

「ふーん。家計簿みたいね。そうねえ、今日は、財務諸表診断というのを教えてほしいな」

 最近は、由美ちゃんの経営知識講座のために来ているようだ。
 
(続く)

《1Point》
・M&A(Mergers and Acquisitions):合併と買収

 企業が他の企業と合併したり、他の企業を買収することを言うが、最近は、種々の手法を検討し、企業の戦略として用いられる概念となっている。

・資金繰り表
 月々の現金の出入りを記入し、利益は出ているのに現金がなくなったり、無駄な借入をしないようにするための表を言う。
 由美ちゃんの言うように、企業の家計簿だと考えるとわかりやすい。