26.ポーターの競争戦略

(前回まで:アンゾフの成長戦略に続いて、ボストンコンサルティンググループのプロダクト・ポートフォリオ・マトリックスという手法を学びました。問題児・花形・金のなる木・負け犬でしたね)

「はい、お待ち」

 お待ちかねのちゃんこ鍋だ。ガス台の上にすき焼き鍋を深くしたような鉄鍋が置かれた。
 
 キャベツを大きく盛った上に、豚の薄切り肉や油揚げ、かまぼこなどをのせたシンプルな鍋だ。
 
「はーい。ゴマでもすって待っててね」

 銘銘に小さなすり鉢とすりこぎ棒が置かれた。
 
 雄二もうれしそうにゴリゴリとゴマをすりだす。
 
「うーん。ゴマの香りが期待をふくらませるんだよなあ」

「鍋はシンプルなんだけど、出汁と甘みを出すキャベツにこのゴマが絶妙なんだよな」

 2人で今年初のちゃんこ鍋に集中していた。

「大将、そう言えば、長井英雄さんの事件から2年が過ぎたんですね。あの後、青森の長井さんの店で食べさせてもらったのが1年前ですからね」

「ジンさん達には本当にお世話になりましたからね。年末には、由美ッペと青森に行こうと思ってるんですよ。まだまだ、あの出汁には追いついていませんからね」

 すかさず、雄二が身を乗り出した。

「大将、俺も連れてってよ。去年は、ジンに置いてけぼり食わされたんでね」

「そうでしたね。鳶野さんは随分悔しがってましたからね」

「酷いもんだよ。俺だけ大将の親分のちゃんこを食べてないんだから」

 思い出話に傾いていた。が、由美ちゃんが話の腰を折ることになった。
 
 お客さんが小上がりに入ったため、その注文取りに席を離れていたのだが、一息ついたようだった。
 
「ちゃんこは良いけど、事業を選択した後の戦略もあるんじゃないのかな。例えば、この鍋料理だって、この辺の店ならどこでも鍋ありますって宣伝してるでしょ。他の店との戦い方の戦略も教えてほしいな」

 鍋のできあがりがもうすぐなので、気が気ではない顔の雄二と目があった。
 
「由美ちゃん、そりゃそうだよね。鍋ができる前に競争戦略を話しておかなくちゃいけないね」

「いざ、鎌倉、ね」

「・・・まあ、由美ちゃんの理解通り、成長戦略で企業が成長できる事業と方向性を考え、集中する事業ミックスをプロダクト・ポートフォリオ・マトリックスで検討する。ここまででできるのは事業の選択までだ。当然、やると決めた事業にも戦略が必要になるよね」

 雄二も大きく頷く。

「鍋戦争を勝ち抜くための戦略なら実用的だ」

「な、鍋ねえ(^_^;)まあ、まず、競争状態の中で目標を達成していくためには、競争優位を確立することが必要なんだ。このための戦略的理論の代表が、マイケル・ポーターの競争戦略だ」

 すかさず、由美ちゃんも雄二さえもがメモを取り出した。

「ポーターが言う競争優位を勝ち取る戦略は3つしかない」

「3つなら俺でも覚えられそうだ」

「3つというのは、

(1)コスト・リーダーシップ戦略
(2)差別化戦略
(3)集中戦略

なんだ」

 2人がメモを取り終わるのを待って説明する。
 
「(1)コスト・リーダーシップ戦略というのは、言葉通り、低コストで他社に優位に立つ戦略だ。この戦略を取るためには、一般的に、規模の経済性を利用するか、革新的な技術開発で他社が追いつけないほどの低コストを達成する必要がある。大企業向けの戦略と言えるかもしれない。

(2)差別化戦略は、コストを下げ、低価格で戦うのではなく、本質的な機能やデザイン、アフターサービスなどで他社とまったく違う特異性を出して戦うことになる。特に、ブランド化することが代表的だと思うよ。有名ブランドは、値段が高い方が強かったりするからね。

(3)集中戦略は、市場全体で戦わず、ターゲットを絞り込んで、そこで優位性をつかむ戦略だ。大企業や有力企業の手の届かないすきま市場を見つけ出して戦うなど、中小企業やベンチャー企業の戦略と言われている。ただ、ここでも、実は、コストか差別化で優位性を獲得することになるんだ。
 そこで、集中戦略も、コスト集中戦略と差別化集中戦略に分けて考える必要があると言われている。」

 ここまで話したところで、鍋のキャベツが味噌で味付けした出汁に沈み、グツグツしだした。
 雄二と先を争って、出汁をすくい、ゴマをすったすり鉢容器に取り、具の競争に突入した。
 
「この鍋の場合、今の戦略は当てはまらないな。早い者勝ちだから、時間集中戦略ってとこか・・・あ、ジン、肉取りすぎだろ」

「ねえ、ジンさん。今の戦略を鍋業界でたとえるとどうなるの」

 取り急ぎ、フハフハ言ってキャベツと肉をほおばった。

「・・・鍋業界ねえ。というか、居酒屋業界じゃないかな。居酒屋で言えば、コスト・リーダーシップは低価格のチェーン居酒屋と言うことになるね。古いチェーンでは、養老の滝とか、つぼ八グループなんかがコスト勝負だったんだろうね。差別化戦略は、特にそれで勝ち組になったと言えるところがあるのかどうかわからないけど、サービスでの差別化を図ろうとしているところはあるよね。個室を増やしたり、高級食材中心にしたり。後は、集中戦略になるのかな。みやびが戦っている戦略は、この地域での大将の目利きと看板娘に加えて、味では完全に差別化されているちゃんこ鍋とすれば、差別化集中戦略となるんだろうね」

 メモを取りながらも、鍋の具の争奪戦は激しさを増す。
 
 そう言えば、近藤さんの会社を訪ねる前に、建設業界の状況を確認しておく必要があるなあ・・・などと浮かんでは消える。

 鍋の湯気の向こうに冬の帳が下りてきた。
 
(続く)

《1Point》
・ポーターの競争戦略
 競争優位を勝ち取るためには3つの戦略があるとする理論。
 
(1)コスト・リーダーシップ戦略
(2)差別化戦略
(3)集中戦略

 コスト・リーダーシップ戦略で優位を保ち続けるのは、たぶん難しいのではないでしょうか。
 安売りで有名になった100円ショップのダイソーも、いつまでも100円だけでは優位性を保てないと考え、500円や1000円程度の品揃えをしているようですね。
 
 そう言う意味で言えば、コスト優位と言えども、どこかしら差別化戦略を取っていくことになるような気もします。ブランド化が定着すると、長期に渡って優位性を保てるチャンスとなるのではないでしょうか。

 ちなみに、会話のはじめの方に出てくる「長井英雄さんの事件」とは、この居酒屋みやびの登場人物を中心に繰り広げられるサスペンス?小説です。私の初めての長編小説です。
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「苦き泡」著者:みやび仁(ペンネーム)