2.不渡りって?

酔いもふんわりと回り出した頃、大森さんの肩の落ち具合がますます大きくなってきた。

店に入るなり、「取引先が倒産した」と落ち込んでいたのだが、常連仲間の近藤さんの慰めもなかなか効果を発揮していないようだ。

「まじめな社長なんだよな。先代から引き継いで、古い社員との関係も苦労しながらやってきたのに。結局、不渡りを出して、銀行にも見放されたみたいなんだ」

由美ちゃんは注文が途切れると、絡まれそうだからか、我々の近くに腰を下ろしていた。

それでも話には興味があるようだ。

大森さんに聞こえないような声でこっそり尋ねてきた。

「ねえ、ジンさん。不渡りって良く聞くけど何なの?」

つられてひそひそ話になってしまった。

「手形のことなんだ。現金商売では関係ないけど、現金を後払いする証書みたいなものだね。この手形が現金化できる期日になっても、決済する口座の残高が足りなくて決済できないことを『不渡り』っていうんだ」

「ふーん。手形って証書なんだ・・・でも、どうして、手形でもらうんだろう。現金でもらえばいいのに」

「そうだね。会社って、ものすごく複雑に、モノを買ったり、支払いをしたりするから、毎日、そのたびに支払いをしていたら手間はかかるし、間違いも起こる。それで、支払いは、締め日というのを決めて、それまでの支払い分をまとめて払うという形にしているところが多いんだ」

「じゃあ、その時現金にすれば?」

「うーん、そうなんだけど。会社にとってはね、払うのを遅くできれば金利がついたり、余裕を持って計画ができるから、手形を使うことが多いんだ。今日、現金がないから、材料が買えないなんて言ってたら、事業ができなくなってしまうからね」

「それにもう一つ、手形はもらった会社が自分の会社の支払いに流用したり、銀行で早めに現金化したりすることもできるので、貰う側も信用だけの後払いよりありがたいということもある」

「会社同士だとそんなこともできるのね。で、不渡りになると会社は倒産したことになってしまうわけ?」

「さすがに、そう単純にはならない。まあ、小さい会社だと、もらう方の現金が遅れたりすると口座残高が足りなくなることもあるし、ある程度は銀行が融通してくれるはずなんだ。でも、一般的に、半年間で2度不渡りを出すと銀行が取引停止にするので、倒産と判断されることが多いみたいだね」

「そうなったら、手形も紙くずみたいなモノね。怖いわ」

「そう考えてしまうとリスクだらけに思えてしまうね。でも、手形を持っていると、少なくとも支払いを受ける権利の証明になるから、その会社が立ち直ることもあるかもしれないし、財産の処分から支払いを受けられる可能性もある。裏書きといって、実際には、別の会社がその手形を出して、その信用で支払いに使っていることもある。文字通り、会社の名前と代表者が手形の裏に書かれているので、その会社がしっかりしていれば、そこから支払いを受けることができるんだ」

「なーるほど。そういうことができるから、手形を利用するってことなのね」

「わかってくれたかな?」

「ま、半分くらいね」

「ジンの話は回りくどいからな」

いきなり雄二がちゃかしに入ってきた。

「これでもかみ砕いてるつもりなんだけどな」

最近の企業は、手形期日払いと言って、手形を発行せずに、手形決済期日に振り込みをするという取り決めをしているところもあるようだ。大手企業同士が多いのかもしれない。

わずかでも収入印紙を削減できるし、手形自体のやり取りや管理の手間を省くためであると言われている。

獺祭を陶器のぐい飲みで飲み交わしながら、そういえば、今日、雄二が誘ってきた訳を聞いてなかったな、と気づいた。