19.経営者の言葉

(前回まで:突然、ジンの会社に公正取引委員会の立ち入り調査が入りました。官庁入札に関係すると言うことですので、談合等の疑いだと思われます。一方、以前から話のあった建設会社のコンプライアンスをテーマにした、相談を受けることになりました。)

立ち入り調査の次の日は、社内が大騒ぎになっていた。

山野綾によると、公正取引委員会は、段ボール20数箱分の資料を持ち出したとのことだ。

昨日出張していて不在だった営業部長に対し、数日後に任意で話を聞きたいという話になっているという。

これらの話が他社のうわさ話も含めて社内を駆け回っていた。

9時過ぎに緊急の幹部会議が招集され、課長・部長があわただしく飛び出していった。

みんな、仕事をするような状況にないようだった。ただ、新聞に載ったことから、取引先などからの電話の対応に四苦八苦しているようだ。

とにかく、今は、社内が混乱しているので、詳しいことがわかりましたら連絡します、等という対応しかできていない。

幹部会議は30分程度で終わったらしく、あわただしく席に戻ってきた。それとほぼ同時に社内放送が流れた。

10:00から社長が社内放送を使って今回の説明をするという。緊急以外は社内で待機するように、幹部から指示があった。

10:00が近づくと社内がシーンとした。時間通り放送が始まった。

「皆さん、社長の有森です。

昨日、10時前に、我が社への公正取引委員会の立ち入り調査が行われました。これは、皆さんもご承知のことと思います。
この状況について、私から現状についてお伝えしますので、正しい情報で行動されますようにお願いいたします。

今回の立ち入り調査の理由は、官庁営業課の過去の見積や入札において他社と共謀があったという疑いでした。

皆さんもご存じの通り、我が社は、約2年前、コンプライアンスの徹底を全社的に行うこととして、ルール作りや意識改革を行ってきました。

昨日、私は、調査を受けた部門の担当者や幹部職員と夜遅くまで話をしました。その結果をまず、皆さんに理解していただきたいということで、緊急にこの放送を行っています。

今、一番重要なことは、全員が正しい情報で行動し、一緒になって考えることです。後ほど、要旨をまとめてメールで再確認しますが、まずは耳で理解してください。

今回の疑いの内容については、反論ができないことがわかりました。少なくとも、コンプライアンス徹底を言い出す前の段階では、一般的に談合と言われる行為が行われていました。

この全責任は、すべて社長の責任です。これを皆さんにまず知って欲しいと思います。

業界ルールや商慣習として、日常的に同業者と情報のやり取りをしていたことは、以前のコンプライアンス徹底時に、実例として皆さんも研修で聞いていたと思います。

当時は、必要悪であるとか、サポートシステムであるとか言うことで、ある意味、黙認されていた行為です。そして、営業部門が直接の対応部門として行ってきたため、今回の調査対象となりました。

この事業を行うことも、この市場で活動することも、我々で決めたことです。つまり、経営判断として選択し、継続してきたのです。

誰もが、ルール違反を行っていることをうすうす感じながら、いいえ、実際には暗黙の了解として行われてきたことです。

その攻めを一身に受けている営業部の方々には、本当に申し訳ないと思っています。

私から、まずは3つのことを言わせていただきます。

まず、1つには、当時の経営判断の誤りを徹底的に謝罪いたします。この責任は、経営者の代表である社長にあります。

2つめに、コンプライアンスの徹底を言いながら、それまでの活動をまさしく分析し、原因を明らかにし、責任の所在を明確にしなかったことを謝罪いたします。
この時、きちんと調査もせず、反省もしなかったことが、今回の混乱を引き起こしました。

3つめに、今は、このような疑われる事業活動は一切無いと断言いたします。自信をもってください。これを機に、全員で、我が社のミッションの1つ、『社会の要請に真摯に答える』ということを再確認してください。これは、私からのお願いです。

今後、私がどう責任を取るかは、決めておりません。やめることが最善なのかどうか、正直言ってわからないというのが本心なのです。

私は逃げません。皆さんも、この我々の問題に今後どう立ち向かっていくのか、一緒に考えてください。

私の宝物である社員の皆さん。本当にごめんなさい。

この危機を皆さんの前や隣にいる仲間と一緒に乗り越えましょう。
それだけが、私の今の思いであり、願いです。

新しい状況がわかりましたら、適宜報告をしますので、安易な外からの情報に惑わされないようにお願いして、まずは、第一報を終えたいと思います」

「理」の経営者としても内外に名を知られている有森社長の絞り出すような言葉が全社員に染み渡った。

営業部の幹部達の目が真っ赤になっていることに気づいた。

(続く)

《1Point》
・リスクコントロール(リスクマネジメント)

リスクコントロールとは何でしょうか。
昨今では、内部統制が常識的な知識となっていますので、日常的なリスクに対するコントロールポイントを指すと気がつく方も多いかと思います。

ただし、今回の例は、日常的なリスクとは言えませんね。

「まさか」、という危機的状況です。

最近の例でも、船場吉兆や三笠フーズの食関係の事件が思い出されますが、特に何を感じられたでしょうか。

私は、経営者の対応でした。どう見ても、事の重大性を感じていないことに愕然としていました。

それぞれの状況やマスコミの姿勢が違いますので一概に言えないですが、経営者に事実の認識も覚悟も見られませんでした。

現実にリスクを認識せず、一時のマスコミ攻勢に耐えさえすれば、時が解決してくれるとでも考えているかのようでした。

リスクコントロールとは、事前の予防だけでなく、実際の現場での心構えも含まれるのではないでしょうか。テクニックではなく、まさしく覚悟をもって対応することが、自らをもってコントロールすることではないかと思っています。

企業を作っているのは、人です。すべて、人がどう考え、どう行動するかです。そして、本当の心が試されるときです。